第1話 『流れ者』

 目の前を。

 巨大なエアトレーラーが駆け抜ける。

 全速力で砂塵を巻き上げるだけ巻き上げて駆け抜けていった。

 通り過ぎてからきっかり三秒。

 ゴゴオン、という急制動の音がしてからまたきっかり三秒で、そのトレーラーは戻ってきた。

 そこでようやく少年はハイウェイに突き出した腕と上に向けた親指を引っ込めた。


 ヒッチハイク。


 かつて世界が平和であった古き良き習慣。

 旅行者はトレーラーなどの運転手の厚意により、目的地、あるいは目的地の方向へと運んでもらうことが出来た。

 人が人を信じ合うことが出来た平和の象徴とも言えるその依頼のポーズは国境国籍人種性別関係なく万国共通の合図であった。

 やがて、時は流れ、宇宙開拓時代を経てもなお、その行為自体は廃れてはいない。

 ただその行為をこの惑星のハイウェイで行うのはかなりの危険を伴う。

 無論、その行為を見て停まって乗せてやるという行為も同様だ。

 ハイウェイと呼ばれた道の上には大昔に整備敷設されて以来、人の手が入ったことはなく、今は乾涸らびてそこかしこにひびが入り、原野との境目もなくなりかけている。

 それでも唯一この荒野の真ん中をハイウェイと言わしめるのは、百年以上に渡ってエアモビルが通って出来た轍の跡が見えるからだ。

 そんな荒野の真ん中でエアバイクが故障してから数時間が経過していたが、ハイウェイを通ろうとするエアモビルはおろか、荷馬車の一台も通ることはなかった。

 彼の前を通り過ぎていったものといえば、乾いた砂埃を巻き上げる迷惑な風ぐらいのものだ。

 その事態に、彼は半ば諦め、半ば呆れて乾ききった風以外に何も通らない街道へと右手を差し出し、親指を上に向けた。

 平和な時代ならば、その姿に救いの手を差し伸べる運転手も居たであろう。

 しかし、今は無法者が何よりも名前を轟かせる時代。

 この星でヒッチハイクなど命がいくつあっても足りはしない。

 乗る側も、乗せる側も、だ。

 なぜならここは無法者の中でも名うての悪ばかりが集う惑星。

 追う者と追われる者、狩る者と狩られる者とが交錯する星。

 誰が呼んだかこの惑星の名も『ハンターズ・ワールド』。

 そんなハンターズ・ワールドの荒野のハイウェイを、砂塵をあげて疾駆する一台のトレーラーがあった。

 少年はもう一度右手を差し出し、親指を上に向けた。


 賞金稼ぎの少年スザクと、発掘屋の美女ケイトとの邂逅が間もなく行われる。

 そしてそれが旅の始まりだった。




 時間は少し戻る。

「警告します! 警告します!」

 荒野を疾駆する巨大なエアトレーラーのリアユニットでエンジンの過熱オーバーを警告するエマージェンシー音といっしょにジョーイが騒いだ。

 もうかれこれ二時間は減速することなくエンジンを回し続けている。そろそろ限界だった。だがケイトはアクセルを踏む足をゆるめることなくむしろさらに踏み込んでいる。

 臨界点を越えているエンジンが唸ると同時に機体が大きくバウンドし、ケイト自慢の豊満な胸をたぷんと揺らした。

 燃え上がるようなブロンド、日焼けは少ししているが若い肌、そしてブルーグリーンの大きな瞳と、大きな胸はケイトご自慢のチャームポイントだった。

「聞こえないのですか? もうオーバーヒート寸前ですよ!」

「わかってるわよ!」

 ケイトは吐き捨てるように言ってバックミラーを見る。

「撒けたかしら?」

「なにもない見渡す限りの荒野を、こんなバカでかいエアトレーラーで、なにを? 一体? どうやって? 撒くというのですか?」

「じゃあ、なおさら速度を落とすわけにはいかないわね!」

「あああっ! だからもう限界なんですってば! そうです! この重い”積み荷”を降ろしましょう! そうすればヤツらを撒くことも可能です!」

「それ撒いたって言わないし! そんな事すれば、なんかアイツらに負けた気がする!」

「ほら! 今、撒けた気がするって言いましたね? 荷物を捨てると撒けるんですよ!」


「…………」


「…………」


「つまんないっ! 減点っ!」

「ノーッ! 今のは絶妙の間だったのに!」

「間とかそんなの関係なしにつまんないから! てかAIのくせにダジャレを言うのやめてよ」

「ですが、そのAIを作ったのはアナタではないですか?」

「そうなのよねー……なぁんでこんなの作っちゃったのかしら?」

 このやりとりもいつから続けているだろうか?

 かつてケイトは自分の仕事をサポートするための多足歩行型のサポートロボットを造った。その人工知能には自分の仕事をより効率よくサポートさせるためにと『人間と同等の思考をするAI』を搭載したのだった。

 結果。

 機械のくせに労働者の権利を主張したり、労働に対する対価、すなわち報酬を求めてきたり、そのくせ仕事を怠けたり、さらには冗談を言ったり、一人前に文句を言ったりするはた迷惑なロボットが完成してしまったのである。

 一応文句を言いつつもそれなりに仕事はしてくれるので、とりあえずそのままにしているが、ケイトは自分が作ったながらどうにも納得はいかない。

 AIのデータを書き換えようと何度か試みるも、思考ルーチンが完全にカオス化しており、既にケイトの手に負えるものではなくなってしまっていたし、なによりジョーイはAIプログラムをいじらせてはくれなかった。

「せめて! せめてエンジンを冷却する時間を! お慈悲をーーっ!! 神様ーーーっ!!!」

 人工知能が一体何に祈っているのか? もし本気で神様に祈っていると言うなら、創造主たるケイトを差し置いて神様に祈るというのもなんだか筋が違うような気がするが、もう慣れた。

「神に祈りたいのはこっちの方よ……」

「とぉにかくっ! 一分でかまいませんから停めてください! その間に冷却作業を済ませますから!」

「エンジンなんて壊れてから直せばいいのよ!」

「それがエンジニアの言葉ですか! ちゃんと壊れる前にメンテしてくださいよ! そーやっていずれ私も捨てられるんだ! オー! 何という酷い雇い主だ!」

「雇い主じゃない! だいたいこーなったのもあの情報屋のクソオヤジが悪いのよ! ちっくしょーっ!」

 ケイトは美女にあるまじき汚い言葉を吐いて更に力強くアクセルを踏み込んだ。

 限界一杯のフルスロットルにエンジンが悲鳴を上げるが、ケイトは一切気にしない。

「まさかあのガスパー兄弟もコイツに目を付けていたなんて……あの情報屋の変態オヤジ、アタシだけとか言っておきながら、あっちこっちにばら巻きやがったわね!」

「ええ、まあそう考えるのが妥当でしょうね。ところで、そろそろ本当にエンジンがヤバいです。限界どころの騒ぎじゃないですよ」

「ダメよ! このままじゃあいつらに追いつかれちゃうもの! この先、何があってもこのアクセルをゆるめる気なんてないわよ!」

「……例え? なにがあってもですか?」

「そうよ! 例え! なにが! あってもよ!」

「例え黒髪の美少年がヒッチハイクをしていてもですか?」

「……?」

 一拍の間を置いてケイトは笑いだした。

「あはははっ! その冗談は良いわね! それなら止まってあげても良いわ!」

「いえ、これは冗談ではありません」

「……は?」

「あ、ほら、今通り過ぎました」

「ぬああんですってぇえええっ!!!」

 バックミラーに映る少年の姿にケイトは目の色を変えた。

 瞬時に髪を整え、ピンクのツナギの胸ポケットに工具と一緒に入れている口紅を取り出すと、きゅっと塗って唇を動かして馴染ませる。そしてハンドルを目一杯に切りながら、コンソールからとっておきのコロンを出して一振りする。マシンオイルの臭いで充満していたはずのエアトレーラーのコックピットはたちまち女の匂いで満たされた。

 その間わずか二秒半!

 ケイトはある特定の男性に対して非常に熱くなるという性癖を持つ女性だった。

 とりわけ十五歳以下の見た目の良い美少年などは彼女にとってど真ん中ストライクなのだ。

 つまるところ。

 彼女は重度のショタコンなのであった。

 そしてヒッチハイクをしている少年をバックミラー越しに一瞬見ただけで彼女は確信した。

 好みである、と。

 非常に彼女の好みである、と。

「でかしたわっ! ジョーイっ!」

「ありがとうございますっ! ケイトの好みは熟知しておりますので!」

「すごいわ! 普通のAIに出来る事じゃないわよ! アレは上物よ! モロ好みよっ!」

「これで少しはエンジンも冷やせるというものです」

「特別に許すわ! 思う存分、冷やしておやりなさいっ! アタシは逆に、熱く、燃え上がるわっ!」

「どちらかと言えば萌えの方ですよね?」

「ええ当然っ!!! 萌え萌えよっ!!!」

 その時、少年は見た。

 五十トンを越える大型のエアトレーラーが限界以上の速度でハイウェイを走り去ったかと思えば、通り過ぎたと同時に急速旋回して、走り去ったときと同じ速度で戻り、自分の前に停止するのを。

 まるで映像の早送りと戻しを見ているかのような奇妙な光景だった。

 大質量のトレーラーが急制動をかけられ悲鳴をあげる。

 ガチャリと扉が開く。

「今です! 冷却、冷却~!!!」

 と慌ただしげに出てきたのは……ロボットだった。多足歩行型のロボットが、大急ぎで冷却用の液体窒素を掛けているその姿は、慌てている人間そのものだ。

 少し「慌てている? ロボットが?」と、一瞬奇妙な違和感を感じたが、運転席から声をかけられそのことはどうでもよくなった。

「ハァイ! そこのアドニス、こんなところでどうかしたのかしら? 行く先はどちらまで? 天国までの直行便ならお姉さんが連れて行ってあげてよ?」

 と次に出てきたのははちきれそうな放漫な肉体を窮屈そうなピンクのツナギに包んだ金髪の美女だった。

 軽くカールしているふんわりとした金髪を肩の辺りで切りそろえている。少し青みがかったエメラルドの瞳をきらきらと輝かせる二十歳前後の美人だった。

 いや、実際にそれを認識したのは一瞬ほど後だ。

 まず視界に飛び込んできたのは窮屈なツナギに締め上げられ溢れ出さんばかりの豊満な胸の谷間だった。白い双丘に奥深く底の見えない谷間を目の当たりにして、ウブな少年なら思わず顔を真っ赤にして目を背けるところだ。

 その反応を期待してのベストポジションでの停車とポーズだ。ケイトはフェロモンを振りまかんばかりの色っぽい笑顔で笑いかける。

 五十トンはある巨大トレーラーの無骨な扉から顔を上半身を乗り出しているのはピンクのツナギに身を包んだ金髪の美女。

 だが少年の反応はケイトが期待はずれのものだった。

「……エアバイクが……故障して困っている」

 少年はそんなケイトの思惑など関係なしにケイトの質問にのみ答えた。

「あと……その物騒なモノを下ろしてほしい。それとも両手を挙げた方が?」

 ケイトは誘惑のポーズを取る一方で片手にはヒートガンを少年に向けていた。

 本来は金属などの溶接する時に使用する工具の一種だが、武器としても十分通用する代物だ。さらにそれにケイト流に改良を加えて、殺傷能力を高めてある。出力を最大にすれば人間一人くらいなら一瞬で消し炭に出来る。綺麗な顔をしてなかなか抜け目がない。

 無論、そうでもない限りこの無法者の溢れかえる世界で生きていくことは不可能だ。

「あ、あっら~~ん♪ ゴメンなさいねぇ。物騒な場所だから一応用心させてもらったのよ。別にキミを疑った訳じゃないのよ?」

 年少の者や女性をヒッチハイカーにして、それを囮に停まったところを屈強な盗賊たちがわらわらと現れる。ハンターズ・ワールドではよくあるトラップだ。

 もう一度周囲を確認してからケイトはヒートガンを下ろし、同時にトレーラーの対人レーザーのスイッチもオフにする。

「別に……かまわない。……むしろ停まってくれただけでも感謝している」

 少し偉そうな大人びた口調で話す少年をケイトは改めてよく見た。

 年の頃は十四、五歳か。身体にフィットした黒の上下にゆったりした白い服を着て、その上に荒野を旅する上では欠かせない防塵マントを羽織っている。

 背中には身長よりも長い剣を斜めに掛けていた。これが彼の獲物だとすれば怖ろしい使い手であろうが、彼の体躯からしてとても剣士としてこの長剣を振り回すほどの腕っ節を持っているとは考えにくかった。まず背負ったままで剣が抜けるようには到底見えなかった。

 さらにケイトは彼女にとって最重要事項でもある少年の顔を見る。

 カラスの羽根のようなしっとりとした黒髪に黒陽石のような黒い瞳がエキゾチックな雰囲気の美少年。端正な細面の顔立ちの尖った顎先に言いしれぬ色気を感じる。肌は少し赤みがかった褐色肌。魅惑のおねーさんスマイルで話をしてもにこりともしないクールな態度が、外見の年齢の割に大人びた印象を受け、そこがまたケイトの乙女心をくすぐった。

 結論、彼はケイトの趣味にジャストフィットだった。

「キミ、一人?(んんんーーーっ!! 超好みっ!!!)」

 内心で高い評価をしながら下心をあまり気取られないように、それでいて誘惑の色を含ませながら満面の笑みを見せて声をかけた。

「一人でないように見えるのなら……医者に診てもらった方がいい」

「あら、行くなら眼科? それとも精神科かしら?」

 ケイトはトレーラーから飛び降りると胸元ギリギリまで開けているピンクのツナギの襟元を、自慢の巨乳を強調するように腕を寄せ、ちょうど少年の視線がその谷間に来るように前に乗り出す。

「俺が何人にも見えるなら眼科に……俺と俺の他に何人も見えるようなら、精神科に行けばいい」

 少し肩をすくめてぶっきらぼうに言い捨てる少年。

「どちらでもないわね。アタシにはアナタしか見えないわ」

「……それは結構だ」

 あまりの反応のなさにケイトは攻めるポイントを変えてみる。

「随分年代物のバイクね。キミの?」

「知人からの預かりモノだ……」

「……まぁ、そうでしょうね」

 少年の年齢は見たところ十五歳前後。人から譲り受けたでもない限り、こんな骨董品を乗り回すなんてことはないだろう。預かりモノだという言葉にケイトは強い説得力を感じた。ついでにエンジニアとしての興味が沸いてそのバイクに近づいて見てみる。

「直してあげましょうか?」

「…………?」

「見た目以上に旧式なのね……う~ん……『オークス』は異常なさそうだけど……ツインドライブのリンクがうまくいっていないのかしら? それとも噴射口に砂でも詰まった?」

「……!? わかるのか……?」

 少年が驚くのも無理はなかった。この時代、旧時代の科学はほとんど失われており、一般に出回っているのはその使用方法だけ。それを解析し修理メンテナンスを出来るのは一部のエンジニアのみの特殊スキルなのだ。さらに少年が乗っているような年代物の骨董品ともなれば更に高いメンテスキルが要求される。これを直せるとなればエンジニアとして相当の腕があると言って良い。

「まぁ、こう見えて一応エンジニアだしね」

「……なるほど……それでこのトレーラー……」

 少年は五十トンを越える巨大トレーラーを見上げて言った。

「そーゆーこと。……まぁこの程度なら近くの町で部品をそろえれば直せるでしょう。いいわ。ジョーイ! 冷却は済んだのかしら!」

「もちろん、零下三十度まで冷やしてあります!」

「冷やしすぎだって! エンジン動かなくしてどうするのよ! 冗談はいいから彼のエアバイクを収納しちゃって!」

「アイアイサー!」

「ほら、もたもたしないで、キミも乗った乗った!」

「…………」

「なに? どうしたのよ?」

 少し語気に苛立ちが入ったので、もう一度言い直すケイト。

「どうかした? 心配ならいらないわよ」

「どうもうまく行きすぎだ」

「なによ。その為のヒッチハイクでしょ? これから通るとすれば盗賊か無法者ばかりよ? もうすぐ日も暮れちゃうし、こんなところで野宿でもするつもり?」

「こんなところだからこそ、だ。女性の、それも……美人からの申し出と言うのはあまり気が乗らない。……だいたいがロクな目に遭わない……」

「あらぁ! わかってるじゃない!」

「ロクな目に遭わないということが?」

「アタシが美人だってこと!」

「……」

「ほら! 急ぐからさっさと乗って! もうエアバイクは乗せちゃってるんだから、また降ろせなんて言わないでしょうね?」

「……急いでいるのか?」

「う~ん、ま、ちょっとね。野暮用♪」

「誰かに追われている……とか?」

 少年のその問いには笑顔だけ返すとそこにタイミング良く後部デッキのジョーイから通信が入った。

「積み込み終了いたしました!」

「オーケー! それじゃ速く乗って。あ、そだ、あたしはケイト。あなたは?」

 トレーラーのサブシートに乗り込む少年にケイトは問う。

「俺は……スザク」

「それじゃ、よろしくね、スザクくん!」

 とスザクがトレーラーのサブシートに乗り込みドアを閉めたのと、ケイトが勢いよくアクセルを踏み込んだのと、トレーラー内に警戒音が鳴り響くのとは、ほぼまったくの同時だった。

 ――ビーッ! ビーッ! ビーッ!

「後方よりエアバイク接近です! 六台……いえ、八台です!」

 後部デッキに乗り込んでいるジョーイから内部通信が入る。声の様子からかなり慌てているようだ。ここに来てようやくスザクは先程からの違和感に気付く。

 慌てている? ロボットが?

 まるで感情でもあるかのように……。

 きっと良く出来たプログラムでも組み込まれているのだろう、とスザクは勝手に納得することにした。

「ちぃっ! 追いつかれちゃったわ!」

「……しまった」

「なに? 忘れ物なら諦めて!」

「まさか悪人とは思わなかった」

 スザク、少しの後悔。

「なにそれ? アタシの事言ってんの?」

「違うのか?」

「違うに決まってるでしょ?」

「昔から悪党は追われるものだと……」

「美人も追われるものなのよ!」

「……やっぱり……ロクな目に遭わない」

「ゴメンねぇ、巻き込んじゃってぇ……」

「最初っから巻き込む気満々だったんですけどね……」

 運転席ではなく後部デッキに乗り込んだジョーイがそう言った。

「うっさい! 機械は黙ってなさい!」

「すぐ後ろに追いつかれましたぁ!」

「モニター見てりゃわかるわよ!」

 モニターではエアバイクに跨った荒くれ者たちがハンドグレネードやショルダーランチャーを次々にぶっ放してくる。

「うらうらぁ~っ! その積み荷明け渡してもらおうかぁっ!」

「こんのおっ! 手癖の悪い泥棒猫がぁっ!」

「なによっ! 盗賊に泥棒呼ばわりされるなんて心外の極みだわ!」

 トレーラーはその巨体に似合わないスピードで蛇行しながら盗賊どもの攻撃を回避する。

「あいつらの目的は……積み荷か?」

「そのようね」

 スザクの問いにまるで他人事のようにケイトは言い捨てた。と同時にハンドルを逆方向に回す。慣性に従って、スザクはケイトの方へと転がる。盗賊どもの攻撃を回避するためではあるが、もちろん狙ってやっている。

「あん! 抱きついてくれるのは嬉しいけど、楽しみは後にとっておかなくっちゃ、ね♪」

 と茶化すケイトにスザクは彼女に張り付いたままの姿勢でマジメに聞いた。

「一体何を運んでいる?」

「曰く付きの発掘品……ってところかしら?」

 そこだけはケイトはマジメに答えた。あまりはぐらかしすぎて悪い印象を与えたくないという下心からだった。

 そこにトレーラーが攻撃を受ける。回避しそこねたのではない。敵の攻撃が激しく厚くなってきているのだ。

「敵は左右に展開! 挟まれてしまいましたよ!」

 後部デッキのジョーイがまた騒いでいる。

「わかってるわよ! だから限界ですっ飛ばしてるんじゃない!」

「限界でこの程度……か」

 とようやく姿勢を立て直してサブシートに戻ったスザクの呟きにケイトは頬を膨らます。

「なによっ! あなたまで積み荷を置いて逃げろってんじゃないでしょうね?」

「それ、私がいくら提案しても受け入れてくれないんですよ」

 とジョーイがスピーカの向こうで、よよよよと泣き崩れる。

 緊迫した状況下で、表情が多彩なロボットという存在はケイトを少し苛立たせる。

「アンタねぇ……!」

 そこにスザクが静かに口を挟んできた。

「確かにそれも賢明な判断の一つだと思うが……でも……トレジャーハンターにとって積み荷は命よりも大事なもんだと聞いている。捨てるわけにはいかないだろう?」

「……アンタ……」

 ケイトは片手でスザクを抱き寄せる。

「わかってるじゃないの! おねーさん、気に入っちゃったわ! これが終わったら何でも好きなもの食べさせてあげちゃう!」

 首に腕を巻き付けられながらも、相変わらずのマジメな口調と表情でスザクは言った。

「一つ……交渉だ。あの連中を追い払ったら、エアバイクの修理代と街までの運び賃……タダでいいか?」

「え? あ……そうねぇ……あの連中を追い払うことが出来たら、ね」

 スザクの顔が至近距離で上目遣いだった所為もあり、内心でドギマギしながらケイトは答えた。が、しばらくケイトはこの少年が何を言っているのか理解出来ないで居た。

「やってみる……」

 そう言ってサブシートから窓を開放する段階になってようやくスザクの言葉の意味を理解した。

「え? ちょ、何をする気っ?!」

 ケイトの確認など聞かずにスザクは窓からするりとトレーラーの上に逆上がりの要領で飛び上がった。

「ちょ、ちょっとぉ! 危ないってば!」

 トレーラーの速度は臨海点の時速二百キロを超えている。そんなトレーラーの上に人間が乗ればどうなるか、結果は目に見えている。現にバタバタとスザクの防塵マントがこれ以上ないくらいに激しくはためいている音が聞こえてくる。

「かまわない……このまま走ってくれればいい」

「言われなくても! ……って一体どうするつもりよ!?」

 スザクは防塵マントをばたばたとはためかせてエアトレーラーの上に仁王立ちになった。背後からの風によろめきそうになりながらも何とか直立の姿勢を維持する。

 その様子に襲っていた盗賊どもも首を傾げる。

「なんだ?! ガキが出てきたぜ?!」

「トレーラーの上に立って何をするってんだ?!」

「かまわねえ! やっちまえ!」

 と更に疾駆するトレーラーを追い立てる。

「ちょっと! 一体どういうつもりなのよ、あの子?!」

「いやぁ、私に聞かれましても……」

 ジョーイも何が起こっているのかわからない様子だ。機械のくせにこの状況に驚いているのだ。

「そもそも何で無理矢理立っているのよ?! 一歩間違えたら吹き飛ばされて死ぬわよ! 伏せてっ!」

「そうですよ! 命を粗末にしてはいけません」

 AIに命の尊さを諭された。

「馬鹿を言うな……この俺が獣の様に無様に地を這って戦えというのか?」

「ど、どうやらプライドの問題のようです」

 爆音が響く中でジョーイだけがスザクの声を拾うことが出来た。

 そんなジョーイにケイトは命令を飛ばす。

「なんだかよくわからないけど、とにかくっ! フォローするわよ! レーザーッ!」

「当たりはしませんよ!」

 ジョーイはそう言いながらもコントロールパネルを叩く。

「いいから撃つのよ!」

 ケイトのエアトレーラーには前方に二門、左右に二門ずつ、後方に四門のレーザーを装備している。ハンターズ・ワールドを旅するのに最低限の装備だ。

「発射っ!」

 シュッと空気を焼き焦がす音がして前方以外の八門が一斉にレーザーを射出。しかし盗賊も慣れたもの。レーザー射出口の火線上に併走したりしない。

「当たらなくてもいい!」

 あくまでも威嚇目的だ。かすりでもすればラッキーという程度のもの。

 しかし、おかげで左右に展開していた盗賊が後方に逃れて距離をとった。

「良いフォローだ。助かる」

「ああん! もっと誉めていいのよスザクくん!」

 と運転席で身をよじるケイト。無論、お互いに声が聞こえているわけではないが、ジョーイのフォローでケイトにはその言葉は伝わっている。

 トレーラーの天蓋の上でスザクは両手を拡げる。掌を上に。目を静かに閉じて……。

「我、スザクの名に於いて、出でよ紅蓮」

 そんな呪文めいた言葉と共に彼の手から次々と光の玉が現れる。光の玉は輝き放った次の瞬間には紅蓮の炎となって、彼の前を回り始める。炎の玉はボウボウと音を立てて燃えさかり、その玉は合計八つになった。

「ゆけ……紅蓮弾……」

 スザクの言葉と共に手から八つの火の玉が紅蓮の尾を引いて、八台のエアバイクへと放たれる。火の玉はまるで意志を持っているかのように、逃げまどう盗賊たちのエアバイクを撃つ。

 的確にエンジンに衝突した火の玉は、当然のごとくエンジンに引火して大爆発を起こした。

 その様子をトレーラーのモニターで見ているケイト。

 なんと少年は有言実行、盗賊たちを追い払ったのだ。

 開け放たれた窓からするりと下りてきたスザクにケイトは熱い抱擁をして、その頬にキスの雨を降らせた。

「やるじゃない! サイコーよ! ……まさか炎術師だったなんて!」

「まぁ……そんなものかな……」

 その言葉は抱きつかれた大きな乳房の間に飲み込まれてしまった。


 炎上したエアバイクの残骸を見ていた者が言った。

「兄さん……この跡……」

 呼ばれたのはハンターズ・ワールドで現在絶賛売り出し中の無法者、ビル・ガスパーだった。その彼を兄と呼ぶ者が弟のレイ・ガスパーである。

「ほう……ただの小娘かと思っていたが、炎術師を仲間に引き込んだみてえだな?」

 トレードマークの黒いテンガロンハットのツバの先を指でピンと弾きながらビルは言った。

「ええ、そうみたいだね……兄さん」

「ちょうど良いや。レイ……お前の出番だぜ。お誂え向きの相手じゃねえか」

「まったく……ちょうど退屈してたところなんだ」

 そう言って首からぶら下がるクリスタルをくゆらすように弄ぶ。

「ふはははは! 頼もしい限りだぜ相棒! 俺の腕とお前の術がありゃあ、怖いもんナシだ! このままこの惑星いただいちまおうぜ!」

「兄さん……その時が今から楽しみだよ」

 グルルルルル……。

 どこかで獰猛な獣の唸り声がした。

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