そして顕現する

 クロの魔導書が淡い光に包まれる。魔力の風に吹かれたようにぱらぱらと紙が捲られていった。


『黒き扉は悪魔の騎士に通じる者の扉か――』


 本から放たれる光の束に、クロの体内の魔力が反応し全身が真朱の光に包まれていった。


「どういうことだ‼︎」


 瞑目しながら詠唱を続けるクロに、敵の大将の怒号が届く。


「奴の魔力は空になったはずであろう! あの光は、召喚のものではないのかっ⁉︎」


 敵軍の騒めき。クロは無視して長い理を紡ぎ続けた。

 やがて身を包んでいた光は、鮮紅色の雷のようにクロの周囲を包み込む。激しい魔力の消耗感。血が失われる喪失感にも似ていて、眩暈に近い意識の揺らぎを感じながら、体内から膨大な魔力が激しく引き出されていく様を実感する。


『――そなたの名はかつての始祖王が定めたる第十三位、エリゴス。そなたの配下、第三軍団長の身と――』


 呼応して、クロの背後に暗紅色の魔法陣が現れた。


「なんだ、あの巨大な魔法陣は……」


 ゴアを召喚する際の魔法陣が、急激で滑らかな拡大を見せる。それは巨身エリゴスを呼び起こす際の円陣を、さらに何倍も広げ膨れ上がらせたものだった。


『第三軍団。第四軍団。第五軍団。第六軍団。並びに第七軍団と、各軍団長を借り受けたし! 許しを請う!』


 ただでさえ直径の計り知れない魔法陣が、次々と、最終的には五つ浮かび上がる。敵からすれば大地を埋め尽くしているように感じることだろう。


 クロの詠唱は、そこで完結した。音を立てながら魔導書を閉じる。

 次にぽつりと吐いのは詠唱ではない、何かを確認するようなただの独り言だった。


召喚戎しょうかんじゅう……」


 巨大な魔法陣の纏まりは、大気までを一変させるよう。地殻が割れて溶岩が吹き出すかのようにあたり一帯を真朱の光が、地面から空へと伸びるように照らし上げる。

 天候は薄い曇天から積乱雲のごとき厚いものに覆われ、あたりは日が暮れたように暗くなった。


 エリゴスから借り受けた大軍団が、クロの要請に応じて今、召喚された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る