その後の物語
「やっぱり、平和な証拠さ」
クロは西の国からの進軍を受け、ヴァンと轡を並べて行軍の最後尾を務めていた。
「平和は維持してこそ始めて価値がある」
王城から外壁に差し掛かり、平原に至る門へと到達する。
石が積まれた門を潜るとき、それが心理的な境目でもあったようにクロはフードを剥ぎ取った。それを見て隣のヴァンが仰天する。
「な、おい! こんなところで顔を晒したら――」
「『悪魔の仔』と蔑まれるって言いたいのか? もう、今更だろ」
それは、いつぞやリアがホルンの村でフードを取った感覚に似ていた。ただあのときほどの無防備さではなく、覚悟を持ってのこと。当時リアの目の前にいたエディスは彼女の赤い瞳を綺麗と評してくれたが、今現在のクロのそれは魔王からの魔力のせいで黒と赤が奇抜な模様を描いており、しかも首からは例の黒い魔法陣が見え隠れしている。
人々から歓待を受けるような見た目とは程遠く、たまたま振り返った兵士のひとりがクロを見てはぎょっと眉をあげた。
それほどに畏怖の対象となってしまったこと自体はクロの責任ではないが、だからといって国民全員を納得させ得るかは別の話。
兵士が互いに囁き合う姿を後ろから眺める。それがおそらく一年以上前の事を思い出していることは想像に難くなく、クロは肺に溜めた空気を一気に吐き出した。
「まったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。そもそもこの姿がこの国を助けるかもしれないのに随分と恩知らずな奴らだ」
「人は一寸先のことさえ知らない生き物だからな。誰も未来に感謝はできないよ」
「ふん、だったら思い知らせてやる」
そう口にすると、珍しくヴァンが無言のまま眉で諫言してくる。
以前のクロであれば、自身が担がされた罪悪の片棒に、むしろ肩ごと押しつぶされていたものだった。自責と贖罪の念こそあれ、悪態をつくことなどなかったからだ。
これはリアから戻ってきた魔力――呪いからの魔力が精神を侵し始めている兆候かと考え自重した。
自分の胸の内の魔力を手繰ると、三種類の魔力が感じられる。
まずはわずかながらクロ自身の魔力。次いで量的には大半を占める、呪われた黒い魔力だ。誰かの言い草ではないが呪われていようと魔力には変わらず、これからの戦いにきっと役立つだろうことは疑いない。
そして最後に赤とも白とも知れぬ、ぬくもり溢れる魔力があった。それがリアがお守り代わりに渡してくれた魔力だ。
ヴァンが何を思ってか、目を細めながらに口を開く。
「この戦いが終わったらどうするつもりだ?」
「さぁな。今後の身の振りはともかく、もうリアはいないんだ。クソ親父を探しつつ、当面はゴアを常時召喚して、毎晩ジュニアの背に跨っては空を疾走する」
「それ全然冗談に聞こえないんだが」
「当たり前だ。そんなの
四方山話をしていると、行軍は外壁門を経てすでに広い草原へと至っている。ここは先日リアが盗賊を焼け焦げにした場所に近い。ほどなくして進行軍は前列のほうから順次停止し、クロとヴァンも手綱を引いた。
敵軍を迎えるため陣形を整え始める。どうやら例のアルフレッドが指揮しているようだ。鼻持ちならない団長だったが、調査より戦闘に向いていそうというクロの見立ては正しかったようで、従う兵士たちは理路整然と陣形を組み始めている。
ただ、陣といっても横一列に並ぶ横陣の構えだ。予め築いた塹壕と防塁を駆使するための陣形で、地の利を生かし防御力には優れるが、当然敵陣に切り込むための戦法ではなく、他人が見れば消極的だと揶揄される類のものでもある。
なにせ味方兵士の数は限られている。その総数は一万。たかだかこの数でこの都市を守らなければならない。
兵士達の士気は一向に上がらず、その理由は明白だ。どうやらヴァンが斥候からの情報を受け取ったよう。予見されていた凶報は今更で驚きがないながら、ヴァンも再度確かめるように静かに口を動かした。
「敵の総数、およそ五万。――大軍だな。部隊構成は騎兵と歩兵に、弓兵と、数が少ないが魔術師部隊も控えている。さら後方には攻城部隊。投石装置なども確認されたそうだ」
クロはため息を吐く。
「まさに都市ひとつ落としに来ました、って感じだな」
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