その関係性を理不尽と呼ぶ
リアは、冷めきった料理を前に黙々と俯き、やがてかすかに喉を震わせた。
「わたし、クロのそばにいられなくなっちゃった……」
『リア……』
気遣わしげなアスモデウスの声が、魔力とともに虚空へと消える。父からすれば娘の情事など聞きたいはずもないが、リアの気持ちを慮ってか掛ける声に迷いが生じているよう。
「召喚術師と、被召喚術師の関係、か」
クロが口にした関係は間違ってもいないし、正論だ。クロとの別れ際は、二人がそんな額面通りの関係でないことをいくらかリアにも教えてくれたものの、どこまで希望を維持できるかは自信がない。刻一刻と進む時計の針が彼のほうの感情を希薄にしていくように感じられ、離れ離れの状態はリアのほうの不安をより一層掻き立てる。
リアは過去の傷を愛撫するようにその言葉を撫でてみたが、心痛は増すばかりだ。
「結局、わたしはクロが一番大変な思いをしているときに、そばにいてあげられないのね」
諦念を滲ませ、リアは短く切ったような笑いを吐く。平穏無事な日々が続く限りリアは一方的にクロの魔力を預かるだけでいいが、召喚術師としてのクロがリアの中の魔力を必要とするときはいつだって平時ではないのだ。
自分は、肝心なときにクロのそばにいられない。そう思い至ったリアの目に涙が溢れる。ぎゅっと拳を握ると膝元のナプキンに皺が寄った。掴み取り乱暴に目元を拭う。
遠くで、椅子を引く音が聞こえた。靴音が静寂な室内に響き渡る。
長々としたテーブルをたっぷりと時間をかけて歩み寄ってきた男がリアの傍に立つ。それはかつて母サラが愛した、人間としての父の姿だった。
白く裾の長い宮廷服に、紫の髪はミドルでバックに流されていた。純白のテーブルクロスへと手をつきリアの顔を覗き込む。伸ばされたもう片方の手が、リアの頬の涙跡をそっと撫でた。
元来悪魔には年齢の概念が乏しいが、リアとは違い父の肉体には長い年月が刻まれているはずだ。それにも関わらず年齢の不詳さは彼の人間化の能力の賜物で、男だてらに美しい容姿をしていることはリアも認めざるを得ない。
「……ママを、愛していた?」
『……もちろんだとも』
答えるまでにわずかな間があった。それが躊躇いではなく、思い出に優しく触れるような間であることは、今のリアには理解できた。
過去を噛み締めるように、その重さを確かめるように、瞑目した父のまぶたの裏には様々な愛情の模様が渦巻いていることだろう。
「なら、なぜ浮気したの?」
リアの冷然とした確認に、父が笑顔のままに凍りついた。
『……………………………………………………………………………………………………』
「即答できない時点でアウトよね」
リアは澄ました表情でグラスに口をつける。テーブルのうえに手をついたまま微笑みの貴公子を気取っている父の固まった相好を眺めて鼻を鳴らした。冷や汗だけがだらだらと流れる様が彼の駄目さを象徴しているが、愉快は愉快だった。
(でも、これはそう……。ただの八つ当たりね)
そばにいたい人から引き剥がされて別離を余儀なくされている身の上に対し、目の前の男は大切な人を裏切って他の色恋に走った輩だ。
女の敵であり、娘としても敵である。
いくらか鬱憤を晴らしたところでバチは当たらないが、不満をぶつけたところで思ったほどの憂さは晴れなかった。思考に酒精でも混ぜなければやっていられない気分だ。
「リアちゃん、父親いじめはそのへんにしてあげてくれないかな?」
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