朱に染まる道
「いてぇ! いてぇ! これが痛みってやつだよなぁ!」
赤い血が吹き出す。男は痛みを訴えながら、哄笑した。
「あなた……いったい何をしているの?」
「何って、見りゃわかんだろ? 痛みを感じてんだ! お前さんと違って悪魔っていうのは痛覚とは疎遠だからなぁ。人間に取り憑いたときのお楽しみがこれよぉっ!」
「……狂ってる」
痛みが快楽へ。そう言わんがばかりにきゃっきゃっと声を上げる男。
リアには到底理解できなず、気色の悪さに耐えるようにぎりっと歯噛みをした。
「きゃっはっはっはっは――はぁ。やっぱり痛みは最高だなぁ。――だが」
男の両目が左右非対称にうごめきながら、剣をくるっと持ち直す。
「この剣に関しては、あまりやり過ぎると俺自身の魔力が吸われちまう。だから――」
男が、地面を蹴った。
「あとはおまえさんで楽しむとするかっ!」
飛ぶように距離を縮められる。リアは魔力の翼を両翼ともに展開させた。
踵で地面を蹴り、後方へ飛ぶリア。男は跳び上がり、リアを追う。空中で器用に槍を突き出すリアに、男のほうも器用に空中で身を翻すと正面からリアへと刃を――向けずに、リアの身体を置き去りにしてそのまま背後をとった。リアの魔力の翼に根元に刃を振り下ろすと、切り落とされた翼は黒の粒子となって剣のエメラルドへと吸収された。
「きゃっ!」
リアはバランスを崩した勢いで一回転する。その遠心力を利用して、槍先で男を叩き落とした。リアは地に落ち、男も音を立てて地面と石壁との間に激突する。
互いにいくらか手傷を負いながら、リアは辛くも身体を起こす。男は軽やかに立ち上がると爬虫類のような目で睥睨してきた。
「さて、これで飛ぶことはできなくなったな。それに、もうそろそろ効いてくるだろう」
翼は魔力で出来ているため、再び形づくれば問題ない。ただ、形成に使用した魔力は、あの剣に吸われてしまった。おまけに――。
「力が、入らない」
リアは立ち上がろうとして、直後膝が崩れる。マイムールを頼りにするも立てるだけの力が入らない。膝が笑うようで、力んだそばから抜けていく。
魔力を奪われたとはいえ、リアがクロから預かっている魔力と比較すれば微々たるものだ。それが原因とは思えない。
「――それ、魔剣ね。しかも、悪魔を麻痺させる」
「またしても正解だ。人間だと魔力を吸い取るだけの代物だが、こいつは悪魔の血に効く神経毒のようなものがあってな。とくに高飛車な貴族様をすこーしずついたぶっていくにはもってこいの魔剣よぉ。油断させるために
「さて」と男が一歩を踏み出す。徐々に近づいてくるのを目視しながら、リアは逃れようと懸命に立ち上がる。相棒たる槍を支えにしたが、それ以上は動けない。
男が目の前に立つ。リアは、なんとか沈みそうになる顔をあげて、男を睨みあげた。
「くっくっくっく……いいねぇ、俺は女が大好物でよう」
リアの赤い髪。その毛先を男が荒っぽく掴み、自身の鼻へと押し当てる。煙草の煙を楽しむように、大きく息を吸っては吐き出した。
「だが、俺の好きなのは女の魔力と、歪んだ表情ぐらいなものだ。殺しは趣味じゃない。その意味でこの魔剣は俺のためにあるようなもので――」
男の魔剣が、リアの頬を薄く切った。血が滴る。
「……っ!」
「傷口から魔力を掠め取るのさ。ほら、いい顔で鳴いてくれよ?」
男の剣、その曲がった刃が幾度となくリアの身体を傷つける。傷が生まれるたび、リアは苦悶の声を上げそうになり、ただ頑なに守った《・・・》。
針で引っ掻いたような薄い傷がいく筋も走るたびにドレスが裂け、雪のような白い肌が露わになり、赤い血が流れた。
「ぐっ……んっ……」
「いいねいいねぇ! いい声だっ。俺には人間の色情まではわからんが、さぞかし扇情的な姿なんだろうなぁっ!」
切られる度、リアは耐えた。耐えながら、麻痺毒が身体の自由を徐々に奪っていく。それでも敵を睨む瞳の光だけは絶やさなかった。意識を失うわけには、いかない。
「この、変態……」
「……ん? ……こいつっ!」
リアの口元には、うっすらと笑みが浮かぶ。それを見て、男も気づいた。
「魔力を吸い取られないようにしていやがるのかっ……!」
「これは、わたしの大切な人から預かっている大切な魔力なのよ。あんたみたいな変態にむざむざと渡したりするもんですか」
癪に障ったのか男がリアの腹を蹴る。嗚咽を漏らし、蹲るリア。
「――ふん、ならいいさ。女なら生かしてやるつもりだったが、強情なら仕方ない。俺も依頼を受けてここに立ってんだ。お前が意地でもその身体に宿した魔力を渡さないっていうなら、力づくでも奪うしかないな」
「なん、で……いったい誰、から――」
「そんなこと悪魔の俺が言えるわけないだろ。理由も知ったこっちゃねぇ。俺はただ魔力を吸い取って、そのおこぼれに預かるだけだ」
男は三度立ち上がろうとするリアの太ももに刃を走らせ、リアの髪を掴み上げる。
「あ、うっ……」
リアの首が全身の重みに耐えかねるように骨が軋んだ。身体はまるで神経が無くなったように茫洋としていて、今となっては指一本動かせない。
「本当に、強情な女だ。――まぁいいさ。せいぜい人生最後の痛みを楽しんでくれ」
男の右手にある剣が、リアの首に向けられた。
「じゃあな」
リアは肉の断つ音を聞き、鮮血が視界を朱に染めた。
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