街の人気者

「待ちな」


 リアは買い出しの品が詰まった紙袋を片手にマーケットを歩いていた。

 すると、ひとりの男が腕を組み立ちはだかる。


 男は熟年で、だが体躯は立派なもの。市場よりは採掘場にでもいそうな偉丈夫が、頑としてリアを通さないとでも言いたげに行く手を阻んでいる。


 周りを見れば人通りは多く、そこはとある店の前だった。色鮮やかな野菜や果物が四角い箱に山と積まれ整然と並べられている、そんな店だ。


「――リアちゃんじゃないかぁっ!」

「こんにちは、おじさま」


 にこっと人好きのする笑顔を向けるリア。呼び止められるまでもなく、リアが買い物の最後に立ち寄ろうと思っていた店だった。


「何をお求めだい? ちなみに今日はチコリが安いよ! ま、それに限らずリアちゃんならどれでもサービスしちゃうけどね!」


 店主は年齢の割に肌ツヤがよく、はきはきと調子の良いことを並べていく。一年この街に住んだリアは、この手の軟派な態度には慣れきっていた。


「ありがとうございます。じゃあチコリをもらおうかしら。あとはバターナッツと……」

「はいはい、バターナッツね! ところで重そうな荷物を持っているけど、買い物はもう終わりかい? よかったらおじさんとこの後一緒に夜の街にでも――痛いっ!」


 だらしなく頬を緩ませて擦り寄ってくる店主に、リアは薄い笑みを浮かべながら身を退ける。かと思えば、店主の頭が突如として引っ張られた。誰かに耳をつままれたみたいだ。


「あんたはまたそんなことばっかり! 見な、リアちゃんが困っているでしょう!」

「いた、いたたたたたっ! だってしょうがないだろう! リアちゃんはここらでも有名なべっぴんさんなんだから!」

「だからってあたしのいる前で鼻の下を伸ばすとはいい度胸ね! リアちゃんの相手はあたしが務めるから、あんたは店の奥で在庫整理でもしてな!」

「ぐすん……リアちゃん、あの男と別れたらおじさんに知らせてね……」


 不承不承で店の奥に引き込む店主。どこか見覚えのあるそんな光景を、リアは苦笑いを浮かべながら手を振って見送った。


「まったく! ……うちの亭主がごめんねぇ」

「仲、いいですね」


 ぽつりと呟く。本来夫婦はこういうものだろうなと、二人の姿を眺めるたびにリアは思った。常に片親であったリアにとっては眩しく、微笑ましく、羨ましくすらある姿だ。


「あのバカ亭主とかい? やめておくれよ! まぁ、二十年以上連れ添っていれば自然とこんな感じになるわよ。……えぇっと、チコリとバターナッツね」

「はい。あとりんごを、四つください」


 店主の奥さんが手早く商品を籠に放り込んでいき、りんごに伸ばした手が止まる。


「四つも? ――はっはーん。さてはアップルパイでも作ろうってことね」

「はい!」

「相変わらずあの男に苦労させられているのねぇ。あの人の言い草じゃないけど、こんな美人と毎日顔を突き合わせて眉ひとつ動かさないなんてとんだ甲斐性なしだわ。それとも無いのは肝っ玉のほうかしら? リアちゃんなら他の男が放っておかないだろうに。ま、とにかく男を胃袋から掴んでいくのは女としては上等手段だわ。えっと、りんご四つと」


 見事に見抜かれてしまい、リアは「あはは」と愛想笑いを浮かべた。


 先日のサンクトラークでは、とあるライバル女性への敵愾心が強すぎて料理を台無しにしてしまった。

 翌朝、それがわずかでも減ったのを見て、リアは疼痛の頭を抱えながらも「もしかしたら」と笑みを浮かべたものだ。ただ料理の味は決して褒められたものではなかったので、リアとしては名誉回復を図りたいところ。


 ここはよく足を運ぶ店で、リアにとって今では顔なじみだ。クロがなまじ召喚術師として有名だったからこそ、リアの登場は巷を騒がせた。


 当時覇気の無いクロは従兄弟だなんだと誤魔化すつもりでいたようだが、リアはきっぱりと「わたしが好きでクロの側にいます」と言い放った。リアとしては同情を買ったつもりなど毛頭無かったが、おかげで妙な勘ぐりや根も葉もない噂から無縁でいられた。おかげで今はクロの愚痴などをこうして聞いてもらっているほど。


「はい、チコリに、バターナッツ、それとりんごね」

「ありがとうございます。――えっと、りんごは四つですよ?」

「いいのいいの、一個はサービス! うちの亭主が迷惑掛けたお詫びよ! そ・れ・と。リアちゃんはもう少し食べたほうがいいわ。年頃なのに細すぎるったらありゃしない」

「そんな、ものですか?」


 身体を左右に捻りながら眺めると、奥さんがリアの細腰を片手でがっしりと掴んできた。掴まれたほうは「ひゃっ」とどこから出たのかわからない声を張り上げ、身体をびくりとさせる。


「そうさね。最近のは闇雲に細くなろうとするけど、男の経験が豊富なあたしからすれば女はちょっとぐらい丸っこい方が好かれるもんさ! こんな風にね!」


 ぽん、と奥さんはふくよかな自身の腹を叩き、からからと笑い声をあげた。


「丸いほうが、か……」


 そう言われ、またしてもアデレードのことが思い出された。腰はともかく、そのうえの双丘をリアは見下ろす。乏しくないとは自負しつつも、もう少しこっちの肉付きはあの人のようにならないものかと、そんなことばかりを考えてしまった。


「またよろしくね! あとアップルパイ、うまくいくといいわね!」


 リアは商品を紙袋に入れ、代金を渡す。頭を下げると一緒にりんごがこぼれ落ちそうになったので、頷くように礼を言って後にした。


「さて、遅くなっちゃった。早く帰らないと」

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