祭りの後
祭は、深夜までに及んだ。
ゴーレムの暴走によって一時は中止かと思われた祭典だったが、混乱から生じた不安と恐怖がかえって大きなバネとなり、人々は安堵からの祝福と快哉の声をあげた。
広場に併設された酒宴の卓へは、露店からの料理と酒が誰ともなしに次々と運ばれてくる。
その中心に据えられたのはアデレードだ。
ゴーレムの暴走を食い止めた彼女はいまや英雄のように祭り上げられ、酒瓶をもった人々が入れ代わりで彼女の元へと訪れる。
謝辞を口にされながら握手を求められ、満杯の盃を見ては酒瓶が置かれる、そんな一連の流れが絶え間なく行われていた。
活躍の次点はエディスだ。
彼女が指示した召喚獣が暴走自体を止めたと知れると、民衆の喜びはひとしおとなった。
さすがに年端もいかない少女に酒をおごるわけにもいかず、彼女の前には山と盛られた料理が運ばれてくる。召喚獣をグレムリンと称するわけにもいかず、そのあたりうまくお茶を濁しながら得意げな笑みを浮かべ誉れを一身に受けていた。
テーブルのうえにはもうひとりの立役者。
皿と皿の隙間をちょこまかと動き回っている。どうやらグレムリンは物色に忙しいらしい。その小さな手にはしっかりと焼き菓子が握られている。甘党の守備範囲は広いよう。
さすがに酒も料理も、二人と一匹では捌き切れないためクロとリアも相伴に預かった。表立って騒がれないものの二人も功労者には変わりないが、だからといって自ら喧伝する気にもなれず、美辞麗句を浴びせられるアデレードたちを眺めながら舌鼓を打っていた。
クロはアデレードへの来賓が一区切りついたところで声を掛け杯をぶつける。
「ごくろうさん。召喚術師様様といった様子だな」
「ありがとう。でも喜んでばかりはいられないわ。商会にとっては災難だったのだもの」
原因はどうあれ危険を招いたガビー・ロイヤルの信用が損なわれたことには違いない。
アデレードが杯に口をつけながら横目を向けたので、クロもその視線の先を辿る。路地裏へと続く小道で、その暗がりにはオートマタ一体が打ち捨てられていた。
「とはいえ今のサンクトラークにはなくてはならない存在よ。軍事用のオートマタが一体不良だったぐらいでは、時代の流れまでを逆行させることはできないでしょうね」
わずかに間を置いてからクロは頷く。軍事利用が遅れるだろうが、ゴーレムの強靭さはむしろ証明されたと言ってもいい。アデレードの聖獣をいともたやすく押し込めたのだ。「顔色ひとつ変えずに」というのはクロの悪い冗談だった。
さらにいえば白衣の男――技師の非道がなければ起こり得なかったことも傍証として残っている。一方リアが追いかけた男は、悪魔に取り憑かれていたとリアの鼻が証言したが、物的証拠は何も残っていない。彼女が追いついたとき気を失って倒れていた男からはすでに悪魔が失せており、一応専門家として口添えをクロとしてもしてはおいたものの、その後の扱いをこの国がどう判断するかは見守るしかなく、場合によっては同情を禁じ得なかった。
「誰の陰謀なのやら。――陰謀、か」
クロは言葉を呑み下すためグラスに口をつける。少々含みすぎて、舌の上に渋みが広がった。逡巡していると、隙を見てまたも男どもが酒を注ぎにやってくる。口説きにかかる輩もいるようで、身勝手にも面白くないものを感じながらクロは少し席を外した。
「もう飲めないわ」という謝辞で浮薄な誘いを躱すアデレード。面倒なりに褒めらえること自体には悪い気はしないようで笑顔のほうは絶えなかった。
「そういえば……」とクロは思う。召喚術と代わってオートマタの国としての名声を得たサンクトラークが、かつて隆盛していた召喚術師に救われたというのはなんとも皮肉な結果だ。
アデレードは同情を口にしたが、少なくとも今夜だけは召喚術師としての名声が復古したといってもいい。
あのとき。ローブの召喚術師は首を横に振っていた。クロはそれを別の意味で捉えていたが、場合によっては単純な否定とも取れる。
すなわち、「グレムリンの召喚」に対し自らが加担したことの否定。
「……」
一通り思考を巡らせ、グレムリンへと眇める。エディスの頭のうえで甘味を頬張りながら心なしか満足そうにしていた。悪魔の中でも低級で、魔力とわずかばかりの知識があれば駆け出しの召喚術師でも喚び出せる悪魔――。
「――いや、まさかな」
クロは思考を打ち消すようにグラスを煽った。先ほどの反省を活かしきれずクロはまたも渋面を作った。
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