略式召喚とフードの男
リアが操縦士を捉えて早々に戻ってきてくれればよいが、敵の俊敏さも侮りがたいように思われた。やはりクロとしては操縦士に取り憑かせた悪魔、そいつを召喚した術師を見つけるしかない。
(そういえば……)
式典前。白衣の男に混じって佇んでいたローブの男がいた。ゴーレムの技術に加担する輩と思う程度だったが、今はその姿がない。
この状況に恐れをなして逃げたとも考えられるが、クロには何かが引っかかり、あたりを見回した。
「……いたっ!」
魔導書を繰る。
ゴアとは異なるページ、移動のための召喚――。
この飛距離を考えればさして召喚中の時間は必要としないだろう。
だからこそ時間が惜しい。
略式召喚――。
『異界の扉。黒き翼、飛翔能う者よ、ジュニア・リンドブルム!』
クロが右手をかざし、魔法陣が現れる。黒紅色を放ったのもつかの間、悪魔のような大きな翼を持った小型のドラゴンが現れた。
悪魔付き飛竜――リンドブルムの仔。
本来リンドブルムはその体格通りにドラゴンに属するが、祖父の代からの付き合いがある序列七十二の伯爵アンドロマリウスの使い魔だった。
祖父が借り受け、リンドブルムの召喚を可能としていたわけだが、クロはその子息にあたるジュニアを引き継いでいる。
体躯はイフリートとゴアの中間ほどで、クロはひとりの移動の際にはジュニアをよく使役した。
それを、長文詠唱を必要としない略式の詠唱で呼び寄せた。本来は召喚獣による一撃を見込む術式だが、短時間という共通項で召喚時間の短縮を図る。
「手綱を結ぶ余裕はないな。……ジュニア、あそこまで頼む!」
背に跨るクロ。長い首をとんとんと叩き、目的地へと指を差す。器用に首を曲げては絞られた瞳孔がクロを、そして指で示された先を見た。
ばさりと翼が広がる。手綱代わりに小型ドラゴンの首に抱きつくように手を回す。爬虫類寄りの艶やかな皮膚から強靭な肉が感じられ、クロは不安なく身を預けた。
二度、三度とジュニアが羽ばたくと身体がふわりと浮かび上がる。次のひと羽ばたきで加速をつけるとあっという間に地面を置き去りにして、屋根の上へと向かった
(……あと、九秒)
内心でおおよその時間を計る。略式召喚の使役可能時間は、二十三秒。長いようで、指示も含めると案外に短い。
滑空のように屋根のうえを旋回するジュニア。着地点を模索するようで、臆面にも出さないが焦慮に駆られたように屋根へと近づき、赤瓦を後ろ足の爪で乱暴に掴む。
制動しきれずクロも投げ出されるように背を降りるが、瓦に滑り踏鞴を踏みながらも堪えた。
「急に呼び出して悪かったな。今度召喚させてもらうときは肉でもご馳走するよ」
凶暴そうな見た目に反し、すり寄ってくる猫のように首をクロへとなすりつける。クロに返事でもするかのように、「きゅおっ」と高い鳴き声をあげると、制約に従って煙とともに消えてしまった。
「――さて、いったいお前は何者だ?」
下から眺めていた存在を正視するクロ。
外套で全身のみならず顔までが陰で覆われていた。男か女かもわからないが、日陰者の匂いだけは明確だった。
それでいていまや悪魔の魔力が感じられる。だからではないだろうが、全身が不自然なほど黒一色に統一されており、それは手に握られた魔導書も同様だった。
「さっきの白衣の男、あいつに悪魔を取り憑かせたのはお前だな?」
泰然と眼下を眺めるようにしていた相手は、クロの問いかけにわずかに首を向けてくる。
フードから覗くのは、赤い二つの点――。
「……。グレムリンを召喚したのもお前か?」
布を纏いながらでもわかるほどに、相手は明確に首を横に振った。
「……『答える義理はない』ってか。いいさ、ふんじばってでも聞いてやる!」
と、クロが魔導書に手を掛けた時。
相手が、ゆっくりと腕をあげた。
クロも敵の攻撃を警戒し、ゴアとは別の『エリゴス』軍団長のページを繰る。ゴアとの付き合いが一番長いが、彼は目下戦闘中で屋根まで呼び寄せる時間も余裕もない。
だがフードの男は攻撃を仕掛けるでも魔導書を開くでもなく、ただ何かを指し示していた――。
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