もうひとりの黒騎士

 自身の目を疑ったリアが声をあげ、次いでクロのほうへと首だけを向ける。


 当然クロも動揺したが、自身の詠唱はまだ完結しておらず今まさに彼の魔法陣が浮かびあがったところだった。

 現れたゴアまでもが瞠目したかは、兜越しにはわからない。


 白衣の男の前に佇む黒色鎧の騎士。

 クロの前に姿を現した黒色鎧のゴア。


 二人の悪魔が、双方に並び立つ。鎧からして酷似しており、敵の剣も異界では汎用な黒曜石の剣そのものだ。

 並べれば瓜二つと見紛う姿は、悪魔の軍に共通した出で立ちで、それを初見で判別するのは不可能。

 だからこそ戦時と同様に所属の紋様で判別される。


「リア、ゴアと代われ!」


 クロの指示にリアが後ろへ跳ぶ。間を埋めるようにゴアが斬りかかると、敵の騎士は左手の盾でゴアの剣を受け止めた。そこに描かれたものへとクロは目を凝らす。

 そこにはゴアとは異なる薔薇をモチーフにした紋様が描かれていた。


(……とはいえ、記憶だけを頼りに紋様までを判別するのは不可能だな)


 クロの頭には、魔導原書ゴエティエにある七十二もの強力な悪魔が全て入っていた。ただその紋様までを全て叩き込んでいるわけではなく、中には不明の者までもいるのが実情だ。

 手元に原書でもあれば判別できる可能性はあるが、仮に手元にあったところで確認する時間はない。


 いずれにしても悪魔憑きと、悪魔の騎士がここに召喚されている現状だ。

 前者だけならともかく、騎士の出現は近くに召喚者がいることを表している。


 ゴアに正体不明の黒色騎士の相手を任せ、クロは首を巡らせた。


 ――と、隙をつくように悪魔憑きのほうが壇上横から街中へ逃げようと飛び出した。人間離れした跳躍を見るに、普通の人間が追いかけたところで捕まえられないだろう。


「リアっ! 頼む!」

「わかってるわ!」


 体内から湧き起こした魔力でリアの二日酔いはすでに吹き飛んでいるよう。健脚を見せて白衣の男を追いかけた。

 槍で斬りかかった際の跳躍力といい、足の速さといい、ドレス姿からは想像できない身のこなしにはクロは舌を巻く。魔力の補助を受けているとはいえ、だ。


 悪魔憑きを逃すわけにはいかないが、これで事態はマシになるかもしれない。何せ白衣はゴーレムを操るための装置を持って逃げたのだ。


「これでゴーレムが止まれば……」


 アデレードは苦渋を浮かべながら、消費され続ける魔力の危機感を表情に募らせている。


「それでは止まらないわっ! ゴーレムは半自動の人形だもの、命令が上書きされないと動力が続く限り動き続けるわよ!」


 軍事用を思えば当然とも思えるし、だからこそ白衣の男がこの場を離れことにも合点がいった。体格の劣るロードは、徐々に押されつつある。紫炎で焼き払おうにも、残念ながらゴーレムの装甲のほうが上手のようで焼き切るには至っていたない。


「全てを操っている敵がどこかにいるはず……!」

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