機械兵器

「おぉ、すごいな」


 クロも思わず漏らした。

 喝采ともため息とも取れる歓声が包まれるなか、壇上の司会者が得意げに喉を鳴らす。


「そうです! これが魔人型ゴーレム機械兵器オートマタです。全長六・八メートル、重量はおよそ二十二トン。動力に西方の瀝青れきせいグラシア鉱を使用しており長時間の稼働を可能としています! 装甲は厚く、生半可な銃弾や爆弾などは効きません! 衝撃や熱にも耐え得る仕様を誇り、兵士の携える武器など玩具みたいなものです。……そう。このゴーレムの登場はひとつの時代の終焉を告げるでしょう。もはや剣だ魔術だという時代は過去ものとなるのですっ!」


 言われて、クロも巨体の足先から頭頂部までをまじまじと眺めた。


 おそらく基本的な仕組みは市販の機械人形オートマタと同じなのだろうが、初見で異なるのはその等身と外郭。ゴーレムと呼ばれたそれは巨大さゆえの三等身をしており、頭部と一体となった胴体から手足が生えているような体躯をしている。

 足は切り株のように太く短い。反して両手は緩やかな弧を描き、地面に届かないまでも人間と比べれば不自然な長さで、むしろ悪魔に近いなとクロは思った。


 全身が土気色の装甲に覆われていて、市販のもと比べ支える骨格は隙間から垣間見える程度で、生活用ではないので防備を厚くするのは当然とも思われる。全容は見えないが、背中からは数本のダクトのようなものが頭ひとつ飛び出していた。


 やや興味が勝ちつつあるなかつぶさに眺めるクロの隣で、アデレードは肘を抱くように腕組みしながら黙然とパイプを咥えている。


「アデレード?」

「あら、ごめんなさい」 


 必要もない謝辞を述べながら、上の空ながらに紫煙を吐くアデレード。


 ――彼女の仕事は、最近タロットのほうが多いぐらいらしい。魔力と相まってなまじあたることも一因なのだろうが、過去ほど召喚術師が重宝されない遠因があり、その象徴があの人形なわけだ。胸中の複雑さは推してあまりある。


 そんな考え事をしていると、隣では顔色が戻りながらもいまだリアが蹲っている。時々産まれたての子鹿みたいに震える背中をエディスが優しい手つきで撫でる――のではなく、とんとんと叩いていた。


「その介抱だとむしろ出ちゃいそうだけどな」


 突然の喝采にかき消され、どうやらクロの忠告はエディスの耳には届かなかったよう。

 ゴーレムが、テスト稼働に移るらしい。気負いすぎてハウリングさせたマイクを一度引き離した司会者が、めげずに声を張り上げる。


「こちらの技師が持つものがゴーレムへの命令装置です! ここから発せられる指令をゴーレムの内部にある魔導知能へと送りゴーレムをコントロールします! あとは自動制御によって指令を完遂するか新たな命令が下るまで稼働し続けます!」


 司会者の隣。いつの間にか登壇していた研究者が手の中の機器を自慢げに掲げていた。


 一見四角い箱のような形状に、中央には砂時計にも似た装置が組み込まれていて、上部は魔石のような青い光が放たれていた。他国との差別化のため技術の進歩ばかりを強調しているが、その命令や制御系統の大半が魔術からの術式と、魔力に頼っている節がある。


「偉そうなことを言っている割に術式頼みなんだから、大層矛盾しているよな」


 司会者が軽やかにカウントダウンを告げるなか、アデレードからは「そうね」という短い返事のみが返ってきた。


 ――そして司会者からの「ゼロ!」の合図。

 ゴーレムの顔面に唯一開いた穴から赤い目のようなランプが点灯する。


「ガコン」と、見えない歯車が噛み合ったような音が鳴り、背中の管から激しい蒸気が立ち上った。

 待機状態だったのか、巨体の骨格が伸び上がるように持ち上がり、そしてわずかに沈む。重そうな両腕がゆっくりと持ち上がっていくと、見物客からは拍手喝采が踊った。


「それでは、デモンストレーションに移りましょう」


 得意げに、それでいて目次を読み上げるようにしながら司会が、同じく壇上の技師に目配せをした。技師が応じて頷くと、手元の装置を何やら操作し装置に張り巡らされた導線が白く光った。

 明らかに魔導の仕組みだ。


 ゴーレムがガコガコンと音を立てながら、わずかに立ち位置を変えて傍の車両へと手を伸ばす。車輪があっても街中には線路がない。重量感からして苦労の末の運搬であったことは想像に易く、だからそう、その力を見せつけるにはうってつけなのかとクロは得心した。


 アームが緩慢に、しかし強力に車両の両端を噛み合わせては、クロの内心を皮肉るように軽々と持ち上げた。

 胸の前で本来旅客を乗せるはずの車両が今は逆に掲げられている。軍事用オートマタの馬力を表すのに、重量物を持ち上げるのはわかりやすいお披露目だ


「マスター」


 そんなことを考えていると、ふとローブの裾がくいくいと引かれる。


「だからマスターじゃない……ん?」


 お決まりとなったやり取りをしようとし、一転してクロは片眉だけを持ち上げた。リアを介抱していたエディスの表情は、召喚術の教えを請うときのおふざけ半分のものとは異なり、声も沈んでいる。何よりも気になったのは彼女の右手――。


「魔法陣……光ってるんだけど」

「……マジで?」

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