捕獲作業

 三人が向かったのは工業地帯だった。


 町工場が集まる一角は、ひとに溢れた市場と打って変わって静閑としている。そのなかでも煙突が連立するひときわ大きい、目を引く工場が今回の事件のある種の被害者であることはすぐにわかった。

 正面には門番のように兵士が立っており、その奥を見据えると駅で見かけた荷が積まれていたからだ。


「どうやらここが機械人形オートマタの巣たるガビー・ロイヤル商会の工場に間違いなさそうだな。随分と羽振りが良さそうだ」


 あたりをしかと睨みつける衛兵の数からそんなことを思う。

 

「ここを調査するの?」

「個人的に興味がないわけでもないし調査の一環で見学を申し出てみてもいいが、事前の申請もなしに行ってもたぶん断られるだけだろうな」


 一商会とはいえまかり間違えば国の機密情報が内包された場所だ。一個人がのこのこやって来て見れる類のものでもないだろう。機械というだけで妙に男心がくすぐられるところでもあるが、今は仕事中だと自身に言って聞かせる。


「それに、機械を扱う商会ならグレムリンへの対策ぐらいは講じているだろうしな。魔術に長けた者に依頼すれば難しくないし、もっと簡単なおまじないみたいなものもある」


 エディスがこてんと首を曲げる。たぶん方法を問うているのだろう。


「説明してやってもいいが、いまから俺がやろうとしていることと同じだ。手間は省くに限るし実際に見てもらったほうが早い。……ところでエディス、魔法陣の様子はどうだ?」


 エディスは「忘れてた!」と快活にいいながら覗き込むように右手の手袋をめくる。あらわになった円陣は淡いピンクで、ゆらゆらとした光を漂わせていた。霧の悪魔ほど強力ではないはずだが、それなりに発光しているということはターゲットが近いことを表している。


 クロは頷くと、あえて工場からは離れて路地裏へと入った。人気もないことからエディスに手袋を外させると、徐々に光量が増していく。別段クロの感知でも問題ないのだが、「悪魔に反応を示す」ということを、論より証拠とエディスに理解してもらうためでもあった。


「ここら辺でいいかな。まずは魔法陣を描いて――」


 陽が陰った小道。苔の湿っぽさを鼻腔で感じながら、クロは取り出した白墨で地面に契約を書き始める。円と六芒星を描き、次いで隙間に必要な文字を手早く埋めていった。 


「よし! これであと必要なのがそれだ」

「金平糖?」

「それをいったいどうやって使うの? マスター」


 リアに預けていた麻袋を受け取る。

 気づけば二人は頬を震わせながら、こりこりと何かを舐めていた。麻袋を覗き込むと、いっぱいにしておいた金平糖のかさ・・が減っている。


「……まぁいいけどさ。これをこうやって――」


 円陣の中に数粒。そこから徐々に離れるように一粒ずつを置いていく作業。

 野鳥を捕まえるためカゴとパン屑で作るような罠だ。曲がり角に差し掛かったところで今度は二人を手招きする。


「エディス、光が漏れないようにしながら魔法陣を見ていてくれよ」

「……なんだか、だんだん光が強くなっている気がする」


 クロは「静かに」と指を唇に当てた。エディスが手の甲を抱くように魔法陣の光を覆う。

 壁に背をつけるように腰を下ろし、ひんやりとした感触に身を預けること数分。やがて火花散るような「パチッ」という音とともに、魔法陣からの光が瞬いて路傍の壁を照らした。


「かかった!」


 弾けるように身を起こしては、角を戻って魔法陣へと近づく。冷気とも煙とも見える薄い靄が掛かっており、そこからは森の小動物のような高い鳴き声だけが聞こえていた。


 程なくして視界が良好になり、クロは続いた二人に今回の事件の容疑者を紹介する。


「こいつが、グレムリンだ」


 駆け寄ってきた二人は、その対象を目にして魔法陣の手前で固まる。


 緑色の体毛をした悪魔は、小さな体躯に対して大きな尻尾を揺らしていた。狭い円内ではそれを器用に丸めており、つぶらな瞳と、げっ歯類と同じように突き出した前歯が特徴的で、悪魔というよりは森のなかにいるリスのようだった。


 その緑の小悪魔は出られないことを理解しているのか、光の円内を慌てたように動き回っていた。時折魔法陣の外縁の結界に触れて火花を散らしてまた慌てる、そんな様子を繰り返していた。


 兎のように平べったく長い後ろ足は体重を支えるように直立もできる。前足の指は金平糖が一粒握れてやっとというところか。唯一悪魔らしい鋭そうな爪がその指から生えていた。


 他にも一角獣のような短い角と自然界にはない緑色の体毛を除けば、悪魔といわれても説得力がない。

 ぱんぱんに膨らんだ頬の中には、道に落ちた金平糖が詰まっているのだろう。


「か、か……」


 ぷるぷると震えるリアとエディス。


「「かわいい――――――――――――――っ!」」


 その声に驚いたようにグレムリンはぴくっと反応するとまたもぐるぐると動き回った。


「小さいから機械の中に潜り込むことができる。可愛い顔して前歯は強力だ。鉄板なんか簡単に穴を開くし、爪にも気をつけろよ。精密な作業ができるほどに細く尖っていて――」 


 クロの注意がさして耳に入っていないようにリアとエディスが手を差し出す。

 無造作に伸ばされた手にぴくりと反応して警戒するグレムリン。すんすんと匂いを嗅ぐように鼻梁を動かしては、頭を撫でられるがままにした。またもふたりの黄色い悲鳴をさらう。


 同じ悪魔としての魔力を感じるのか、リアにはそこまでの警戒はしていなさそう。一方エディスは、魔法陣が悪魔由来のものだからか、それとも単純に子供には警戒心が薄いのか、撫でられるグレムリンは意外なほど無防備だった。


「……最近の機械技師は商品を収める際、梱包の中に一個飴玉を入れるそうだ。『大好きな飴玉を差し上げますので、どうか機械を壊さないでください』っていう意味を込めてな」


 工場にはグレムリン除けの護符も使われているだろうが、甘いもの好きのグレムリンには機械に飴を入れるのが一般的な対策で、しかも意外と効果があるというから馬鹿にできない。それが金平糖に変わったのは単に先に見つかったからで、すなわちクロの横着だった。


 ふたりは「へぇー」とうわの空のまま猫可愛がりしている。いくらか解せないながらもクロは魔導書レメトゲンを取り出すと、詠唱を独り言ちた。程なくして終えると、地面の円陣とは異なる白い光がグレムリンの腹部に浮かびあがり、やがて消えた。


「マスター、今のは何?」

「……。簡易契約だよ。悪魔を一時的に使役するために取り交す契約だ。簡単いえばそうだな……定期的に魔力と飴玉をくれてやるから俺の言うことを聞け。そんなところか」


 エディスへの説明を一瞬躊躇したのは、説明すると弟子と認めるような気になるからだった。だからといって教えない、というのはどうにも大人気ないような気がして口を動かす。

 エディスは小さく吹き出してから「なにそれ」と破顔した。


「それにしても、本当にグレムリンだったのね」


 クロはわずかに首肯する。現行犯でもない限り、機械人形の故障とグレムリンとの間に明確な因果関係はない。とはいえ、事実グレムリンがいたことで一連の事件の容疑者がグレムリンであるという可能性は高まった。

 一方、グレムリンそのものは決して珍しい悪魔ではないが、悪魔が街中に出没するという事実だけ見れば話は別だ。誰かの手引きであることが容易に想像されるし、何より今クロが簡易契約を結べてしまったことも妙だった。


「……たぶん一匹だけじゃないんだろうな。人に直接危害を加えるような種族じゃないが、もう少し探索してからアデレードのところに戻ろう。であれば――」


 クロがエディスの手を取る。取られたほうはぽっと頬を赤らめるが、クロの方は気づくともなしに短く詠唱した。


「――よしっと。これでエディスの魔法陣がこのグレムリンには反応しない。簡易契約とはいえ一応俺の眷属になったからな。波長が合って光らないようにしてある」

「ほんとだ、消えてる」


 パタンと魔導書を閉じ、ふぅと額を拭うクロ。


「さて、他のグレムリンを探しに行こうか。短い時間だけど、よろしくな」


 ――写本とはいえ、クロの魔導書に新たな契約のページが加わったのは確かで、一時的にもクロのいうことを聞くようになる。だからこそクロは被召喚者たるグレムリンに不用意に手を伸ばしたのだった。


 グレムリンは未だ頬を膨らませながら、伸ばされたクロの指先をすんすんと嗅ぐ。ひと通り主人の匂いを確かめたのか、鼻の動きが止まるとあんぐりと口を大きく開け、そして噛んだ。


 がりっ、と肉の繊維がえぐられる音がする。


「――っ!」


 工場が立ち並ぶ閑散とした地域で、クロの悲鳴は実によく響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る