たまには女同士で話でも

「どう、したの?」


 アデレードが目を丸くするほど、クロは見た目明らかな不機嫌を滲ませていた。


 捕獲したグレムリンの数は五匹にまでになっていた。エディスの魔法陣が一通り反応しなくなっての帰宅であり、つまりは仕事としては上々のほうだろうとクロは考えている。


 グレムリン探しで一日中街を歩き回ったクロだが、不機嫌は何も疲れからではなかった。


 捕まえる度、簡易の契約を結ぶクロ。

 ――そして都度に噛まれたクロの指。

 その痛々しさを、巻かれた包帯の量が語っていた。


 何が「直接人間へ危害を加えない」だ……。リアたちなどには簡単に懐くのに、主人たるクロにはひれ伏すどころかこの通り齧歯類の歯の威力を遺憾なく発揮してくる。


「何はともあれ、ごくろう様。やっぱりグレムリンだったのね……助かったわ」


 最後に「ありがとう」とアデレードが付け加えると、「あぁ」とじくじくとした指をさすりながら、クロは差し出された紅茶を不満げに啜る。


 ちなみに主従関係となった緑の悪魔グレムリンは、今やアデレード宅を我が物顔で走り回っている。時折テーブル上の金平糖の皿に駆け寄っては頬袋に詰め込み、またいずこかへと去っていった。


「契約しているから命令に背いて逃げたりはしないだろう」


 これはクロの見解だったが、同時に「家に穴が開かないとまでは保証できないけどな」とぼそっと呟く。アデレードが「何か言った?」と目配せしてくるので、なんでもないと首を振っておいた。


「さて。お礼も兼ねてご飯でもご馳走しようかしら? 何か食べたいもの、あるかしら?」


 クロは気分を変えて想像する。

 昼に見た、あれだけの市場だ。食材が豊かな街は必然料理の質も上がるというもの。期待値も否応なく上がるが、比例するほどにクロの内からは食欲がこみ上げてこなかった。


「そうは言っても、こんな様子じゃテーブルマナーもままならないしな」


 クロは頬杖をつきながら、包帯に包まれた手を振る。疲弊しているのはクロに限ったことではなく、おなじくリアも、ドレスの裾を気にすることなくソファの座面に顔面を押し付けるように俯していた。クロに同意するように手だけを振って見せている。


「――なら、私が料理の腕を振るおうかしら。――あぁでも、ワインが無いのよね。クロ、良かったら買って来てくれるかしら? その間私が作っておくわ」

「そんなこと言ったって俺は――」

「いいのよ。料理は私たち・・で準備しておくから。お使いぐらい、頼まれてくれないかしら?」

 

 アデレードの言葉に、リアががばっと起き上がる。

 

「ちょっと、今私たち《・・》って言った⁈ さっきはご馳走するとかなんとか言ってたのに私やエディスを巻き込む気⁈」


 疲労困憊から不平を立てるリアの脇で、エディスは元気一杯にグレムリンと戯れている。


 クロは召喚術師としては一日の長があるが、年齢的には若輩者であることの自覚がある。ここやアストリアだとワインが許されるぎりぎりの年齢に入ったばかりで、それはおそらく他国と比べて早すぎるぐらいだ。

 つまり、ワインの選定など自信がないのだ。


 だからこそ「なるほど」とも思う。クロはワインを嗜むほどにもその味を理解していない。買い出しを頼まれても銘柄などわかろうはずもないことはアデレードだって承知している。


 一方で食材を頼まれないのはすでに終えているからだ。ワインは生物なまものでもないので在庫があって然るべきだし、準備を忘れるアデレードとも思えない。


(つまり……うん、口実だな。なんだかうまく転がされている気もするけど)


 考えてみれば、エディスの登場は意外だったとしても、封筒にはチケットが二枚入っていたのだ。キッチンに立つ女性同士どんな話をするのかは、クロには想像がつかないし、男のクロが無闇に立ち入るのもなんだか無粋な気がする。

 普通に想像すれば思わずつい口元がほころびそうな後ろ姿だ。

 ――喧嘩しなければいいけど、とすぐに内心で付け足す。


「……わかったよ。じゃあ、いってくる」


 時計を確認するまでもなく、窓からは西日が差し込んでいた。朝から賑わいを見せるマーケットは活気を潜めているだろうが、ワインを望むぐらいならまだ許されるだろう。


 いつの間にか宥められたリアと、「はいはいあたしも!」と手をあげるエディスを背にクロは扉を開ける。

 すこし遠出しようか。そう思いながらクロは夕日の街へと繰り出した。

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