悪魔の好物、それは……

 アデレードの住宅を後にし、クロたちは街の中心部へと向かうため大通りへと出る。市場へと続く目抜き通りは、人はもちろん行き交う馬車や機械人形が混在する独特の喧騒を見せていた。

 エディスは地図が頭に入っているわけでもないのに、興味が足を突き動かしているように先を進む。あっちへふらふらこっちへふらふらという様子で、クロは後ろから先導するという器用な真似を余儀なくされた。


「さて、まずは買い物だな」


 石の加工技術も進歩しているにか舗装された路上は歩きやすい。仕事とはいえ、天候も良く散歩にはちょうどいい時分とクロは思った。


「なんだか人も多いわね。祭典の準備で忙しいのかしら」


 リアが歩調を並べてくる。今日のリアは先日のようなローブを纏ってはいない普段の格好だ。相変わらず人目を引く姿ではあるが、田舎とは違い街中ではさして珍しくもなく、開放されたように悠々とした足取りだ。


「そうだな。心なしかみんな浮かれてる気もするし。――エディス! 周りを物色するのもいいがちゃんと前を見ろよ。あとそれ・・には気をつけながら歩いてくれ」


 クロが指先で空中を叩く。エディスがその先へ視線を下ろすと、白い手袋に覆われた自身の右手があった。


「グレムリンが近くにいたら反応するんだ。光ったら教えてくれ」


 エディスが胸の前で手の甲を抱きながら深々と頷いた。クロの感知もリアの鼻もこの人混みでは正確性に欠ける。一番頼りになるのは霧にもその精度を示したエディスの魔法陣だ。


「ところで、仮に今回の騒動が悪魔のせいだったとして、なんでそれがグレムリンだって言い切れるの?」

 

 リアの疑問符に対する回答は簡単だった。


「リアは機械に興味があるか?」

「全く」


 リアの小気味良い返事にクロも笑みを零す。


「リアでさえそうなんだ。悪魔が興味を持つのは魔力かせいぜい魔力を持つ人間ぐらいで、機械に手を出す悪魔っていうのは稀有なんだよ。グレムリンっていうのは種族こそ悪魔に分類されるが、性格は全く悪魔然としていない、むしろかけ離れていると言ってもいい」


 「それに、見た目もな」とクロは付け足した。


「あとは人間自身が手を下しているか、それともただの偶然という線も外せないが……まぁそこは推測が外れてもいいぐらいの依頼だしな」


 浮薄な態度を見せながら、一方でクロには妙な確信があった。人間の仕業やただの故障の線が強いなら商会かこの国が解決すべき問題で、クロはもとよりアデレードが解決に乗り出すとは思えない。


 アデレードは明言しなかったが、この依頼が国から召喚術師たる彼女に齎されている時点で、おおよそ犯人の目星はついている証左でもあるし、であれば自然と候補は絞られる。


 問題はそれが表沙汰になっていないことで、内々の依頼であるという点に、果たして商会としての矜持があるのか、それとも軍事という観点の裏の理由があるのかまでは、クロにもわからなかった。


 もっと言えば、グレムリン程度でアデレードがクロに依頼をすること自体も――。


「……まぁせっかくサンクトラークに来たんだ。気楽に調査しよう。ついでに機械人形オートマタを土産にでもするか」

「国の制限が掛かっているんじゃなかったのかしら? 『召喚術師、オートマタの密輸で逮捕』なんて新聞記事が出た日には、アストリアのいい笑い者になるわね」


 ――それは確かに。

 話し込んでいると、ちょうど目的地である市場の端にまで来ていた。 


「……とりあえず、グレムリンを捕まえるのに必要な物資を調達だな」


 細めてくるリアの視線を避けるようにして、クロは二人に待つよう告げて市場の雑踏へと姿を消す。


 サンクトラークの市場は他国でも有名だ。ここで揃わないものはないと言われているほどで、クロも今は必要としない品々にまで目を奪われた。

 新鮮な野菜や果物を始め、魚河岸や肉を扱う露店もある。どういった料理に使われるのかわからない山と盛られたナッツに、色とりどりのスパイス。家具を売る店などもあった。


 市場は国や地域によってある程度特性があるものだが、ここに関しては実に手広くどの商品の層も厚い。唯一あげるとすれば、機械人形オートマタの販売や修理を受け持つ商店が並ぶことが、唯一の特徴と言えるだろう。


 これならおそらく、目的のものを探し出すのもそう難しくはない。


「――それじゃ、銅貨三枚ね」


 「まいどどうも!」という威勢のよい店員の声を背に、クロは小さな麻袋を携え二人の元へと戻ろうとした。


 ――と、考えてみれば二人との待ち合わせをろくに決めもせずに離れてしまった。求める品を探すのは区域ごとに品定めするか適当にぶらつけばいいが、人となると勝手が異なる。


 誤魔化すようにリアのもと離れたことを後悔しながら頭を掻いていると、なにやら男どもが群がるように集まっている箇所があった。


「――そっか。活気があれば当然、軽薄な輩も多いよな」


 クロはひとりごちてからその群れ・・へと分け入る。


「はいちょっと失礼。連れに何かご用で?」


 男たちの間を割ると、その先にいたのは案の定リアとエディスだった。何人かは宝石やら薬やらの売り歩きだったようだが、半分以上はナンパ目的の輩だった。


 相手が一人ならまだしも、さすがのリアもこの数には気圧されたようだ。珍しくたじたじになりながら断りの弁を述べていたよう。

 こういうときエディスの方が意外にも飄々としていて、ませた表情を浮かべながら適当にあしらっている。


 そんなリアとエディスの対比に思わず笑いが漏れ――というか、エディスにまで声を掛けるこの街の男ども一体はどうなんだ、という疑問のほうがよぎる。


 クロが割り込むと男たちは不承不承に散っていった。


「ごめんごめん二人とも。ちょっと目を離すとこの国はすぐこれだな。――それにしても」


 クロは苦笑を噛み殺しながら額に汗するリアを見た。


「相変わらず男を魅了するな。さすがは色欲のアスモデウスの魔力…………いだっ! 痛いっ、リアさん! 困ったからって俺に当たらないで!」


 無言のリアに頬をつねられ、クロは涙目になった。


「――それで、わたしたちを置いて何を買ってきたのかしら?」


 不機嫌さが薄れないままのリアに、クロは腫れた頬を労わりながら麻袋を差し出す。


 エディスが我先にとそれを奪い取り、中を覗き込んでは首を傾げた。


「マスター……これ、結構な数あるけど、こんなものがぐれむりんに必要なの?」


 発音の怪しいエディスに苦笑しながらも、クロは首を縦に振る。


「とりあえず、場所を変えるか」

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