新時代の悪魔
「ぐれむりん?」
そう口にしたのはリアで、エディスも両手にカップを収めながら首を傾げた。
「そう、グレムリン。低級の悪魔だ。――割と最近の悪魔だから、伝統ある血族の
リアが知らなくても無理ないかもな」
クロたちはアデレードに招かれ彼女の邸宅にいた。駅からは馬車を選ぶほどの距離だったが、庭のある邸宅で、クロが知る限り女性の一人暮らしとしては広すぎるぐらいだ。それが若くして国から認められた召喚術師のステータスのようにも感じられる。
リビングテーブルも十人は囲めそうな大きさで、さすがに持て余すのでクロたちは端のほうに座っていた。
「最近オートマタの故障や暴走が街で頻発しているわ。さすがにサンクトラークとしても放っておけなくて、私に御鉢が回ってきたってわけ」
キッチンから戻ってきたアデレードの手には小瓶を握られていた。中身はミルクと蜂蜜で、手元のカップに注がれたエディスが満面の笑みを浮かべていた。
「そして俺に手紙を書いたわけか。とはいえグレムリンを呼び出すことは難しくないからなー」
仮に悪魔を呼び出すのに、高位の術者でなければ対象は自然と限られるが、
誰にでも使役が可能となると話は異なる。
同様に調査だってさしたる専門性が必要とも思えない。
「召喚するだけならエディスにもできる程度の
「教えてくれるの⁈ マスター!」
口が滑ったと思いながら、「話の腰を折るな」と誤魔化してエディスの額を小突く。エディスが「あぅ」と引き下がった。
「そもそも、ただの偶然が重なったという可能性はないのかしら?」
それはリアからで、当然の疑問だとクロも思う。同時に、アデレードが依頼してきたことを勘案して内心だけで首を横に振っていた。
「もちろん、否定することはできないわ。でも、以前はなかったことなのよ。しかもこんなに立て続けに。今週ですでに十五件。先週も確認されただけで二十件を超えているわ。それがここ一ヶ月ほどに集中していて、おまけにシリーズの変更やアップデートも行われていない。人間が直接手を加えるにも、今日みたいに突発的な故障をするのも不自然なのよ。それに――」
アデレードは言葉を切ったがその先は続かなかった。口ごもっているようで、クロは間を埋めるようにカップへと口をつける。濃く抽出された珈琲の苦味が舌の上に広がりながら、アデレードのその先を引き取ることにした。
「軍事用に開発された、ね」
駅で聞いた説明を、咀嚼するようにクロは呟く。簡をして要を得ていたのか、わずかな動揺をにじませるアデレードが弱々しく頷いた。
クロは目を閉じながら思案してみる。一連の事件が誰かの仕業なら、これによって得をする人間が裏にはいるということだ。直接的な利益に結びつかなくとも、他者の足を引っ張って相対的に有利になろうとする存在は、人間個人ではもとより国家レベルでも存在する。
悪魔が自然発生することはとかく珍しいので召喚されたと考えるのが妥当で、そうであれば何者かの手引きだろう。しかもただの悪戯と考えるには相手が悪い。何せ
悪戯へと思い至り、何気なくエディスを見る。
例えば子供が犯人ならばどうか? 向こう見ずな行動にも納得は得られるが、いくら召喚術のなかでも難しくないとはいえ、算術を覚えた程度では済まない知識が必要だ。よほどの天才肌なら別だが、可能性としては低そうだ。
「直接的に他人を犠牲にしないだけマシだが、いくつか解せないところがあるな」
頭の隅につい先日訪れた村での出来事が残っていたクロはそんなことを思う。
言ってから気づき、もう一度エディスを見た。幸いにして彼女は嬉々として蜂蜜とミルク入り珈琲に口をつけている。クロのぼやきに反応した様子はないので安堵はしたが、同時に自省もした。
「依頼は二日でお願いしたけど、今日中に終わったら明日は観光にでも当てたらいいわ。部屋も空いているし、今晩は泊まっていくんでしょ? 用意してあるわよ」
「最初からそのつもりかよ。一両日で済むと踏んだ仕事を他人に押し付けるなって」
「ふふ。いい男に会いたかった、っという言い訳じゃダメかしら?」
「男としてはともかく、俺も一応召喚術師として一定の需要があるんだけどな」
需要か――。ふと、アデレードはどうなのだろうか、と思う。
機械人形にお株を奪われつつある職位というのは、いったいどんな心境なのだろうか。
過去の栄光と表現するのは、同じ職業として手前味噌が過ぎるが、それでもアデレードの現状に対しこの家は広過ぎるきらいがある。空間ばかりが目立つことに寂寥を感じてしまうのは身勝手な感傷だろうか。
「ま、式典はともかく、仕事のほうはさくっと済ませるか」
「どうする気なの? さくっと始末するの?」
これはリアからの物言いで、クロは「お前な……」と嘆息する。
もっとも、そんな残虐なことが言えるのもたぶん今のうちだけだ。
「何も召喚して相手を打ち負かすことだけが召喚術師の仕事じゃないってところ見せてやるよ。ほら、さっさと行くぞ」
優雅に茶を嗜むアデレードの横で、エディスが茶受けのクッキーへと手を伸ばしていた。クロの言葉に慌てて数枚を掴んでは口に突っ込むと、エディスの頬がリスのようにパンパンになる。
そんな姿がこれからの仕事を予見しているようで、クロはひとり苦笑した。
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