機械人形の街

 機械人形オートマタの国、サンクトラーク。

 以前は召喚術師で名を馳せていた国も、ここ数年でその新たな呼称に首座を譲るようになった。


 技術の革新は一日にしてならず。蒸気による駆動は機関車に代表されるように様々な機構に応用されてきてはいたが、それがここ一年ほどで急激に小型化の傾向を強め、やがて人型の機械――すなわち機械人形にに載されるほどに進化を遂げていた。


 召喚術師の存在が薄れつつある国と捉えれば、クロの立場からしても「どうでもいい」とはいえない。おまけに機械人形にとっての人格、稼働するための命令系統は魔術に頼っていると聞く。技術発展を他国などに誇示したい背景もわかるわけではないが、声高に技術だけを語っている連中を見ると虫唾が走る思いがした。


 とはいえ召喚術より確実性が高いと、門外漢の連中が唱える理屈もわからないではない。機械人形オートマタは文字通り人形であり、召喚術師が使役するのは生身の魔獣や、あるいは魔力が集積した不確かな精神体であるのも事実だからだ。グラシア鉱という効率の優れた燃料を手にしやすくなった背景もあるだろう。


 いずれにしても、技術の黎明期を脱したサンクトラークは、今やその研鑽と生産を具象化させて栄華を極めるように街中を跋扈させているように、クロには見えるのだった。


「本当にたくさんいるっ!」


 汽車から降りたエディスが、喜色満面に声をあげた。眼前には市民の往来に混ざる機械人形オートマタの姿があった。


「随分とスタイルがいいのね」

 

 皮肉げに鼻を鳴らしたのは、エディスに続いて降車したリア。


 機械人形は、輪郭こそ人型だがその肢体は人のそれに比べればはるかに細く、鋼鉄の骨格が剥き出しになっている。頭部は仮面にも似ていて、表情で唯一配置されたパーツは右上部の黒い穴だけだ。それが目の役割を担っているとのこと。


 動力は液化したグラシア鉱で、背負う工具入れのようなバックパックに収められている。胸部には内燃機関なのかポンプ状のものが上下していた。


『ガビー・ロイヤル』


 二の腕のパーツに書かれた製造番号の下に印字された名がそれだ。

 製造元のロゴであり、わずかな期間でオートマタを市販化に至らしめた商会の名に他ならない。


 コミュニケーションを可能とする仕組みは持ち合わせていないが、単純な命令には応じるため荷運びなどに向いており、だからこそ駅舎内でその力を存分に発揮していた。


 講釈を垂れていたクロは、一通り終えたところで口の端をまげる。


「ま、こんなところだな。少しは勉強になっただろ?」

「ご高説には痛み入るけど、どうせヴァンあたりから聞いた話そのままじゃないの?」


 図星だったので、クロは喉の調子を確かめるように咳払いをして誤魔化した。


 エディスなどは細かい仕組みなどどうでもいいようで、すでに手近な人形の側に寄っては目を輝かせている。


 荷を運ばせるのが主な使い道だが、その用途は様々らしい。一番多いのは貨物からの荷下ろしに従事する人形だが、行き交う人々の中にも連れ添っているものがちらほらいて、なかには乳母車を押させるものなどもいた。

 紳士淑女の証である杖や傘を持たせるものもいて――あれには何の意味があるのだろうか、とクロは首を捻る。いわゆる付き人の代わりのように見えなくもない。


 ただ活気に満ちているのは事実で、クロは英気を取り込むように深呼吸をしてみた。

 そんな人形たちの動線を辿っていると、機関車の後方から起重機で降ろされるコンテナが目に留まる。


「――あれは何?」


 拡張器を片手に列車到着の案内をしていた人物に近づき声を掛けた。


「あん? ……あぁ、あれか。グラシア鉱だよ」


 クロよりもやや背の高い男は、ぶっきらぼうに答えた。


「次の列車の?」

「違う違う。それは鉱物車両の量で十分さ。あれは明日の祭典用の燃料だよ」


 そう言われてみると、ただの旅客や鉄道員に混じって華美な装いの集団が見られる。


「明日は建国記念で国王主催の式典が開かれるんだが、そこで軍事用に開発された巨大オートマタのお披露目があるらしい。どうにも特別な種類のグラシア鉱物が必要だったらしいんだが、このところの西国の情勢が悪くてな。もっと早くに運んでくる予定だったんだが、まぁなんとか間に合ったようで良かったよ」

「そうなんだ」


 クロは礼代わりにと軽く会釈し、リアたちのもとへ戻った。


「オートマタって便利そうね。それにしも、アストリアで見ないのはどうしてかしら?」

「オートマタの制御装置には公にされていない魔術が使われているうえ、技術的に他国の追従を許していないからな。おまけに今は国内向けの生産が中心で、アストリアまで販売が及んでいないってのも理由にあるらしい」


 リアは「ふぅん」と相槌を口にしながらも、どこか納得していないのか首を巡らせる。

 

「売ってなくても個人で持ち込んだり売り買いする人がいてもおかしくないんじゃない?」


 そう思うのも当然で、クロは補足する。


「あれだけの仕組みを短期間で生み出したんだ。商会の利益を守るためにも漏らせない情報もあるんだろうし、国としても流出しないよう輸出には制限を掛けているみたいだ。――それと」


 軍事利用が視野に入っているのなら国の対応としては妥当で、ただ事情はそれだけではないらしい。


「――もうひとつ。手紙にもあっただろう? 最近事件が多発しているっていう……」


 と、クロが説明をしかけたときだった。

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