二つの依頼
「――飽きないなお前たちも。また痴話喧嘩か?」
「痴話じゃない痴話じゃ」
「じゃあ夫婦喧嘩」
「お前にも
クロが埃を払うように魔導書を叩き、ヴァンが鎧で覆われた肩を上下させる。
どうにも面倒になってクロは
ヴァンは手近な椅子を引くと騎士らしからぬ姿勢で背もたれのほうを抱いて座る。
「そんな様子だと、そのうち誰かにリア殿を取られてしまうぞ。例えば俺とかな。二人に間に入って彼女を口説きにかかるけど、そういうことでいいのか?」
「知らん、勝手にしろ。……それで、何の用だ? お前が惚れているリアは、見ての通り絶賛家出中なんだけどな」
「逃走経路は確認済だからご安心を。それよりもお前さんの体調のほうが今は心配だな」
「どっちにしても気持ち悪いことを言うな」
「さっきの作戦中に随分と吐いていたってリア殿が……おっと、これは失言だったな。そんな怖い顔するなって。彼女の名誉のためにも忘れてくれ。それよりも体調のほうはどうだ?」
「最悪。気怠い。死にそう。俺は一生この疲れを背負っていくんじゃないかと思うとこの世の地獄かと思う。鬱になる。末期」
「疲れているときは思考も暗くなりがちだ。それはそれとして今日の作戦、山賊に対する兵士の数はどうだった?」
「それはお前の管轄だろうに。……いや、まぁいいか。山賊三十人強に対しこちらは六十人も用意したわけだ。敵に対して倍で当たったのは兵法としては王道だな。……ま、この状態なら、あと五十や百は問題ないと思う」
「それはこの国にとっての朗報だな」と、ヴァンが素直な喜色を浮かべるものだから、クロも軽口を叩くわけにいかずに鼻を鳴らす。
「……それにしても、山賊にしては随分と装備が整っていたな。馬も全員分揃っているなんて、根無し草の族には随分珍しいことだ」
クロはわざとらしく口にしたが、ヴァンからの返答はなかった。押し黙ったところからしてクロの意図を正確に読み取ったらしい。
数秒の沈思黙考を経て、ヴァンは雰囲気を一変させるように手を叩く。
「それはさておき。実はクロに依頼があってここに馳せ参じたわけで……」
「嫌だ! 絶対にやらない! 疲れたし、面倒だ! もう使える魔力なんて残ってないんだからな! 閉店だ閉店、召喚術師は店終いだ! どうも御愁傷様だったな!」
「――まだ依頼の内容も伝えていないのにこれだからなぁ」
「死んでもここを離れない」と、クロはうつ伏せになってソファの肘掛に齧り付く。やれやれと言わんばかりにヴァンのため息が聞こえた。
クロは肩越しに首だけを向けるとヴァンは指に挟んだ二種類の紙片をひらひらと振って見せてくる。その口元には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「そんな態度で本当にいいのか? お前さんが探し求める
「くっ……」
それら二枚は対照的で、ひとつは半分に折られただけの紙切れに、もうひとつは丁寧に封蝋までがされた手紙のようだった。
ヴァンがそう言うからには悪魔絡みの依頼であることは疑いないし、そもそも彼がクロに依頼してくる内容はそうと相場が決まっている。
だからこそ面倒は免れ得ない。どうにか避けることはできないかと一考し、
「だいたいその封筒には見覚えがある! こんなときに国を離れていいわけがない――」
「こんなときだからこそ他国とは仲良くすべきだと思わないか? それに大丈夫だ。俺から直々に国王様の許可は取ってある」
「――こんなときばかり仕事が早いなくそっ! ……嫌だ。絶対に嫌だ。何より、サンクトラークに行くためにはあれ《・・》に乗らないとダメなんだぞ。絶対酔うから嫌だ……」
「どうやらそっちが本音だな。子供の駄々じゃあるまいし……」
萎んでいく声色を自覚しながら、最近隣国との間に開通した鉄道を思い出すクロ。
「――わかった。じゃあこっちのお前への恋文は後回しにしていいから、まずはこっちに取り掛かってくれ。こちらは国内のホルンという村だ。そう遠くはないだろう」
涙目になりながら首だけ向けると、ヴァンは二つに折られただけの紙片を差し出してくる。クロはずびっと鼻を啜った。
「はぁ……。まったく、面倒なことになりそうだ」
小さなため息を漏らしながら、クロはその紙片を受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます