Ⅱ 心の疼き-2


  太陽が姿を現し空が明るくなり始めた。リオスとセレネが昼夜を変えたのだろう。白んだ空に眩しい光が差し込めばが私の日課の始まりの合図、今日も宮殿周りの庭園の手入れからだ。

 詩に乗せて木々や植物に水を与えていく。葉や花弁を濡らす水が陽の光を浴びてキラキラと輝いて見える。陽の光をいっぱいに浴び潤いを得た緑たちが喜んでいるようにも思える。その光景が私の心を癒し、役目の素晴らしさを教えてくれる。

  私が守り育てる自然は絶えず美しい。早くお父様にも見てほしい。

 そんなことを考えていたら待ち焦がれていた人の姿が見えた。夢でも見ているのかと思った。自分が想いを募らせた瞬間にその人が居るなんて嘘みたいではないか。

 しかしその人は私と目が合うと微笑みかけてくれた…夢ではない…!


「お父様!」

  久方振りの再会に私の胸が高鳴った。私が駆け寄るとお父様は目を細め温かく迎え入れてくれた。リオスとセレネを生み出してから初めてのお目覚めだ。どれだけこの時を待ち望んだことか。

「綺麗な庭園だね、驚いたよ」

「…はい!今は薔薇がとても綺麗に咲いておりますよ」

  お父様が喜んでくださるよういくつもの花々を、安らかな時を過ごせるよう美しい緑を。いつお目覚めになってもいいように、私は日々の手入れを欠かしたことはない。お父様の寝所がある宮殿周りの景観は特に大切にしている。

「可愛いレイア、私の自慢の子だ」

  その言葉を聞けただけで長い時の苦労が報われる。

 私はあなたの喜びの為だけに生きている、そんな気持ちになる。


  休息を取りに帰って来たのだろう、宮殿に現れたセレネはお父様の姿に気づくと驚き硬直していた。そんなセレネの様子を気にも留めずお父様は再会を喜んでいた。

「セレネ。久しぶりだね」

「お父様…!お目覚めになられたのですね」

「ああ。どうだい、役目は滞りなくできているかい?」

「はい、問題ないです」

「そうか、ならば良かった。心配していたのだよ、セレネは他の子に比べて少々弱い作りになってしまったものだから」

「…そう、ですか…」

  お父様は慈しむようにセレネの頭を撫でた。それなのにセレネは複雑な表情をしている。気にかけてもらえることは喜ばしいことなのに、何が不服なのかしら。

 親が子を可愛がっている、その当たり前の光景が何故だか私の胸をざわつかせた。


「リオスの姿が見えないね。一緒ではないのかい?」

「…はい。昼夜を変えて間もないので空を散歩しているかもしれません」

「そうか。では私も身体を慣らす為に飛んでこよう」

「もう行ってしまうのですか?」

  せっかくお会いできたというのに殆どお話ができていない。もっとお話したいことも見てもらいたいものも沢山あるというのに。物足りなくて思わず割り込んでしまう。

「長く留守を任せてしまったからね、まずは全員の様子を確認しなくては。慌てることはない、またゆっくり話そう」

  私をあやすようにそう告げたお父様はそのまま飛び立ってしまった。

 お父様は何もおかしなことは言っていない。それなのにもう少し自分と居て欲しかった、そう求めてしまう。長い時を会わずに過ごしたせいか、私は強欲になっているのかもしれない。

  自らの心を落ち着けようと深呼吸をする。感情的になっては駄目。それではアレスと一緒になってしまうわ。平静さを取り戻し横を見るとセレネはまだお父様の飛んで行った先を見つめていた。

「セレネ?どうかしたの?」

「…いえ。何だか胸騒ぎがして…今のリオスとお父様は会ってはいけない…そんな気がして」

  セレネにも胸騒ぎの明確な理由は分からないのか不安そうに胸を押さえていた。

 繊細な性格の彼には何か感じるものがあったのかしら。私はまだ再会した興奮の熱に浮かされていて、崩壊の予兆なんて微塵も感じられなかった。




  家族という繋がりがこんなにも容易く壊れてしまうなんて想像もしなかった。

 ウラノス兄様の自室でウラノス兄様とアレスの私達三人は地上でのリオス達の顛末を見届けていた。親とは思えない残虐な行為、地を分かつ圧倒的な力。恐ろしい光景に誰もが言葉を失い、立ち尽くした。

 どちらが悪いかなんて分からない。間違ったことなどないとすら思えるのに。リオスもセレネもタナトス兄様もお父様から酷く傷付けれ見放されてしまった。

  お父様があんな狂気を抱えていたなんて、あんなにも子供に執着するなんて思いもしなかった。

 最初は戸惑い恐怖を感じた。それなのに私はあの執着を独り占めしたい、そう願っていた。心を乱すほど強い想いを一心に受けられるのならばどれだけ満ち足りた気持ちになれるのだろうか。愛する人から異常なほど熱い愛を受けられるのなら、それは至高の幸福なのではないか。自身のイケナイ思考に罪悪感を感じるほど私は欲望に囚われていった。


  いつからだろうか。兄弟へ抱く感情に歪みが生じ始めたのは。

 黒い感情がどこからともなく滲み出て私の心をゆっくりと蝕んでいた。

 いつしか愛しさを素直に感じられなくなってしまった。兄への敬意が褪せていく。片割れからの優しさが疎ましくなり。妹弟の可愛さが妬みに変わる。そんな感情を持つ自分が汚らわしく思えて嫌になり、行き場のない醜さが苛立ちになって吐き出される。吐き出しても吐き出しても救われない。楽になりたいのに、綺麗にで居たいのに。止まることなく穢れていく――― それともこれが本当の私なのだろうか。


  兄弟がバラバラになって私は気がついてしまった。

 星を守ることなど、どうでもよくなっていることを。

 私が星を守るのは役目だからではない、お父様が望むからだ。

 全てはお父様の為でしかない。

  こんなにも欲に塗れた生き物に私はなってしまった。

 望めば望むほど、望む愛は手に入らない。

 心も身体も全てを捧げているというのに、私は一番にはなれない。

 誰か教えて、この心の鎮め方を。救われる術を。

 焦がれているだけで時間ばかりが過ぎていく。

  私が私でなくなっていく。もう昔の私には戻れない。

 これがセレネの恐れていた変化だというのだろうか。

 リオスは幸せになれて、私は幸せになれないの。

 どうして私は醜く壊れていくだけなの。

  誰も心から笑いかけてはくれない。ずっと…ずっと…独り。

 蝕まれた心がいつまでも癒されない。自分への嫌悪感が永遠に消えない。

 埋まらない虚しさで気が狂う。いつまでも疼く心が治まらない。

 

   ――― 私はただ愛を求めていただけなの ――――


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