Ⅰ 星の守護者-3
私達兄弟の使命は星を守護すること。
私とタナトスは生命の循環。レイアとアレスは星の育み。リオスとセレネは時間の彩り。そうして兄弟で力を合わせて美しい星を守っていく。
それなのに、タナトスはずっと暗い海の底。お父様に呼び出されない限り地上に姿を現さなくなった彼は妹弟との関係はとても薄い。互いに"役目"だからと会う必然性がないと感じ距離を縮めようとはしない。弟達にとって彼は居ることを知っているだけの存在。それが私にはとても寂しい。
これがお父様の言う家族なのか。分からない。どうして兄弟という絆を持たせたのに、タナトスが独りになるのを良しとするのか。役目を全うするだけで良いのならば、そんな絆で縛らないでよかったのに。
欲してしまう。穏やかで心地の良い、互いを思い合っていると感じる時間を。
…永遠に寂しくて辛いだけなのに…満たされない心を抱えて…
あれから時折、海の底を訪ねるようになった。
以前のような気まずさはもうない。成長した私達はどうしようもない現実を割り切ることを覚えた。彼を独りきりにしてしまう現状の改善は出来ていないが、こうして会える喜びに目を向けることにした。兄弟の他愛ない話をしたり地上の様子を報告したり、タナトスとの会話は心安らぐ数少ない時間だった。しかしそれも終わりが近い。
「今ではレイアもアレスもリオスもセレネも皆、立派に役目を果たしていますよ。頼もしいくらいです」
「そうか」
「皆、明るく笑顔が絶えません。そして地上は穏やかで美しいですよ」
「…でも、ウラノスは寂しそうだ」
新しい妹弟が増えても、いつまでも穴が埋まらない。
無邪気な妹弟達と過ごすのは楽しい時間だ、彼女達を愛おしくも思う。
でも、どうしても…駄目なのです。感情に歯止めが掛かるようになってしまった。
「貴方はよく笑うようになりましたね」
そう、タナトスは笑顔を取り戻した。昔私に向けてくれたような控えめだが優しい笑み、私の大好きな顔。いつまでも隣で笑っていてほしい。そんな願いも、もう二度と叶わないのでしょう。
「…私は自分が思うよりも強欲な生き物でした。手に入らないものばかり欲してしまうようです」
「そんなことはない。必ず居る、ウラノスに寄り添ってくれる人が」
地上の環境が変わるように、私達兄弟の関係もいつまでも同じではない。
変化に順応できなければならないのに私はいつも取り残されてしまう。
タナトスは動き出せたのですね…私だけ、今もまだ独りのまま。
「…すまない、俺はウラノスを独りにしてしまう」
謝らないで…それじゃあ私が可哀そうではありませんか。
貴方は何も悪いことをしていないのだから、堂々としていればいい。
「俺はいつだって願っている。ウラノスが心から笑える時を」
「狡いですね…私を置いていくくせに…」
少し意地悪を言えばタナトスは申し訳なさそうに目を伏せた。
きっと私が我儘を言えば、優しい彼は私を見捨ててはいけないだろう。でも口にしたらいけない。ずっと役目に囚われ嘆くことしかできなかった自分が彼の足枷になどなってはならない。
「冗談ですよ」と笑って見せて彼の頬に触れるとその手を捕まれ、祈るように握られる。彼の誠実な想いが伝わって来るみたいに手から温もりを感じる。
「…私だって同じです、貴方には笑っていてほしい。…ですから、必ず幸せになってください」
タナトスの笑顔を取り戻してやることが私にはできなかった。あの子は本当に太陽のよう。だから、もう手を離さなくては――― さようなら、私が唯一求めた愛しい人。
子を生み出すたびに膨大な魔力を消費するお父様は長い眠りにつく。末の二人が生まれてかなりの時が経った、そろそろ目覚めの時だろう。二人の関係を知れば怒り狂うかもしれない。六人を生み出し、ようやく子供達と平穏に暮らすことを夢見ていた彼の理想が一変する。
兄弟の中で唯一世界を見渡す力を託された私は二人の関係に気づいていた。兄弟以上の感情を抱こうとも二人が静かに過ごしてくれるのであればそれでいいと思っていた。しかし、二人は子を求めた。彼らが愛し合っている以上自然な成り行きなのかもしれない。けれどそれだけは許されない、平穏を乱す始まりとなってしまう。
お父様から膨大な知識も与えられ動物が子を生す術も私は知っている。恐らく私達兄弟でも子を生す事は可能だ。だが、お父様がそれを許す筈もない。あの方は自分の寂しさを埋める為に私達を生み出した。己の力を分け与えた半身にも等しい子供が自分の意思に背くことはないと思い込んでいる。ところが私達は力や生命を与えられたと同時に自我もある。お父様の思い通りにはならない。
子を生す術を知ってしまえば私達七人だけの世界にはならない。一人生まれればまた一人欲しくなるだろう。私が知恵を授けようものならきっと動物たちの様に二人の子孫は増えて行くに違いない。それはお父様が最も避けたい未来だ。
知恵を持った生命が増えれば欲も憎しみも争いも生まれる。だからこそ少ない人数で世界を生きると決めたお父様。眠りにつく間、自らの代わりを務めさせようと私に智を授けた。その時に気がつくべきだったのです。私達が自我を持って成長することを。貴方が寂しさや恐れを感じるように私達にも感情や欲望が芽生えることを。
――― どれだけの時が過ぎただろうか。地上は幾度も姿を変え続けた。
新しい人種、集合体、争い、科学。多くの文明と生命を生み出しては破壊し、血と涙を流しては願いを紡ぎ続けた。全て
原初の有翼人は星の守護者、何よりも優先すべきは星の生命。決して自分を優先してはならない。私は自身の願いを叶える為に生まれたのではない、役目を果たす為に生まれた。星の幸福が私の最大の幸福。
乱さない、壊さない、侵させない。求めるは安寧のみ、それが最善であり絶対の正義。何人たりとも崩させはしない。たとえ己であろうと許されない。星にとって個の私は必要がないのだから。
私は安寧を司る者。翼を持つ兄妹の長兄であり、揺るぎはしない星の守護者。
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