27



 紗凪の傷、——時間が全てを洗い流してくれると思っていた。紗凪が世界を見れなくなったのは、僕のせいだ。僕が紗凪に何も見せなかったからだ。護ると豪語し、閉じ込めたのは僕だ。

 紗凪が蝶になるのを妨げていたのは僕だ。


 結局僕は、ノートを開くことはなかった。


 走った。なんとなく、居る場所は想像がついた。道中、堪らん子に会ったけれど軽くスルーしてしまった。何か言いたそうにしていたけれど、今は相手をしている場合ではないのである。


 日は長いと言えど、辺りは暗くなり始めている。そして僕が見晴らしの良い坂の上まで辿り着くと、そこで町を見下ろしている少女を見つけた。


 何を隠そう……僕の妹だ。


「紗凪、ごめん」


 紗凪は振り返ることなく答えた。


「兄ィ……やっぱり、来てくれた。でも、ちょっと遅いから、ふ、不安だった、かな」

「すまない紗凪……僕がどうかしていた! それに、と、当然だろ。紗凪は僕の可愛い妹だ。世界一大切な家族だ! なぁ紗凪、一歩ずつでいいからさ、乗り越えよう。二人で」

「……うん……」


 どうやら僕は、急ぎ過ぎたのかも知れない。前髪は諦めて……え?


「兄ィ、変じゃ、ない、かな?」


 えっと、変です。


 いったい何で切ったのか、ガッタガタに、無造作に切られた前髪は、控えめに言って変だ。

 変だけれど、でも、


「めちゃくちゃ変だけど、可愛いから許す」

「へ、変って言った!」

「変なものは変だ、帰ったら切り揃えてやるよ。だから帰ろう、僕たちの家に」


 紗凪は頑張っている。

 僕はそれを、ただ応援するだけだ。


「ちなみにそれ、何で切ったの?」

「……落ちてたカッター! えへへ」


 えへへちゃうわ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る