エピローグ 水無瀬片時は恋を知らない

 ひどい目にあいました。


 小鹿探偵事務所の階段を上りながら、小鹿ひばなは嘆きます。


 まあ、小鹿ひばなは私なのですが。


 はぁー……。


 そんな脳内茶番はどうでもいいのです。


 茶番は頂上の手のひらの上で踊ったこの数週間でおなかいっぱいです。


 本当にアイツなんなんですか。


 私に腹を撃たれて殺されかけたのをそんなに恨んでいるのでしょうか。肝の小さい男ですね。それぐらい笑って許してくださいよ。


 まあ私がその立場なら許しませんけど。でもお前は許してください。


 脳裏で「理不尽!」と頂上が騒いでいます。


 うるさいうるさいお前のせいだろ全部!!!


 階段を上りきり、ため息をさらにひとつ。


 そういえばポチはどうするんでしょうね。頂上葉佩の尾を派手に踏んだ以上、おそらくあのグループ自体の状況も悪化するでしょうし、これまで通りの生活とはいかないでしょう。


 ……でもアイツならなんやかんやでやっていけそうです。何しろ私が調教したマゾ犬なのですから。


 いや、こんなこと誇りに思ってどうするんだという話ですが。


 これに懲りたら、私みたいな多少アングラに片足を突っ込んだ奴には関わらず、健やかに生きてほしいものですね。


 気分はしつけをした犬を送り出すブリーダーです。一人で力強く生きていくんですよ、馬鹿犬。


 事務所のドアノブを捻ると、鍵がかかっていませんでした。


 あー……これはもう一人の馬鹿が来てますね。


 毎度毎度、事務所の前で待たれるのが営業妨害すぎて、結局鍵を渡したあの馬鹿が。


 疲れきった状態であれの相手をしなくてはならないということに頭を痛めながら、私は事務所のドアを開きました。


 パーテーションを抜けると、案の定テレビの前でにこにこ座っている水無瀬の姿がありました。


『……一応聞くが、私のいないときに来客は?』


「来たけど帰っちゃった!」


『水無瀬ェ!!!!!!』


 怒りでパペットを振り回しましたが、水無瀬はテレビを見るばかりでこたえた様子はありません。


 私は怒る気力もなくなって、とぼとぼと所長椅子に向かいます。


 その途中でふと思い出して、もののついでに水無瀬に伝えました。


『そうだ水無瀬。頂上が帰ってきたみたいだぞ』


「そうなんだ!」


 水無瀬は振り向いてにこ!と笑いました。


「じゃあ、また遊べるね!」


 それを見て、私は小さく息を吐きます。


 よかったですね頂上葉佩。水無瀬はまた遊んでくれるそうですよ。


 それを彼が望んでいるかは知りませんが。


 鞄を所長席に置いてふと水無瀬のほうを見てみると、馬鹿はまた昼ドラを見ているようでした。


 飛び交う愛憎。熱烈な恋。


 私は疲れた頭でそれをぼーっと眺めた後、わかりきった質問を水無瀬に飛ばしました。


『お前それの意味わかってるのか?』


「んーーーーー。わかんないや!」

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