第28話 後始末

「どうなってる! なんでガキひとり連れてこれない!」


「す、すみません、階下との通信状況が悪く……」


「言い訳はいい! さっさとあのガキをここに引きずってこい!! 殺してやる……絶対に許さないからな……!!」


 部下に持ってこさせた氷で頭を冷やしながら、八神は黒服に唾を飛ばしていた。


「くそっ、優秀な警備集団だというから雇ってやったのに、なんて失態だ! これが終わったらまとめて処分してやるからな! 覚悟しろ!!」


 頭を深々と下げる部下に八神はわめきちらす。


 そこには余裕ぶって頂上を演じていた面影は、どこにもなかった。


 八神節夫の「声」は――「声」という役割を与えられた少女は、その隣で静かに彼を見守っていた。


 その時――ポンとエレベーターが到着する音がした。


「やっと来たか! 早くガキを……」


「やっと見つけました」


 エレベーターから降りてやってきたのは、周囲を武装した人間で固めた大見だった。


「え、大見さん? どうしてここに……?」


 困惑しきった顔を八神は大見に向ける。


 大見はその問いには答えず、ヒールを鳴らして八神に歩み寄り、持っていたスマートフォンを手渡した。


「どうぞ」


 八神は混乱しながらもそれを受け取り、耳元に当てる。


「こんにちは、頂上葉佩」


 男の声。


 声色は低くて甘い。聞き覚えのない声だ。


 これは、誰だ?


 予想外の事態に八神が言葉を失っていると、電話の向こうで男が小さく笑った声が聞こえた。


「多分何が起きたのか知りたいんだよね。時間はあまりないけれど、君がこうして追い詰められた理由ぐらいなら教えてあげられるよ」


「なんだと……?」


「こちらの作戦は雑なものでね。君に水無瀬くんを意識してもらえればそれでよかったんだ。そうすれば『頂上葉佩』は簡単に破滅する」


 声の主は苦笑いをした。


「ちょっと悔しいけどね。『頂上葉佩』を模倣する以上、それは避けられないんだよ」


「は……? 何を言って……」


「僕たちはただ君をあぶりだせればよかった。実は最初から君の大体の位置は把握していたのだけど確証が持てなかったんだよ。ほら、下手につついて大元に逃げられるのも癪だしね。だからバンビちゃんを生餌にして動かした。それだけの単純な話なんだ」


 彼女には悪いことしちゃったなあ。あとで慰謝料請求されなきゃいいけど。


 困っていないくせに困ったような口調で男は言う。


 こいつは何を言っている。


 俺を追い詰めた?


 どうして? なぜ?


 俺は今、追い詰められているのか?


 なんで?


 八神は体の芯からわき出てくる言い様のない恐怖で声を震わせながら、スマホに向かってなんとか尋ねた。


「お前は、誰だ」


 電話の向こうで穏やかな声がくすっと笑った。


「僕としてはこのまま退場してもよかったのだけど……周りがそれを許してくれなくてね」


 まるで近所の子供たちに遊びに誘われたような気軽さで。


 本当はどちらでもいいけれど仕方ないなあとでも言いたそうな声で。


「うん、だからそうだな」


 男はふふっと笑った後、晴々しく歌うように宣告した。


「――返してもらうよ、その名前」


「お前まさかっ……!!」


 答えを聞く前に通話は途切れた。


 数秒の沈黙。


 指の震えに耐えきれず、耳に当てたままだったスマホが床に落ちる。


 それを拾うこともできずにいる八神に、大見は銃口を向けてその太ももを撃ち抜いた。


「あ、ぐぁ、ああああ!」


 雇い主が苦しみはじめてようやく自分達の仕事を思い出したのか、八神の部下たちは武器を構えようとする。


 しかし当然ながら、大見がつれてきた武装集団のほうが動きが早かった。


 銃声が十数発。それだけで戦闘は終了し、平然とした顔で立っていた大見はうずくまって血を流す八神を見下ろした。


「この建物ごとアナタ方の痕跡を消すように言われています」


「大見、さ……」


「逃げるなら今ですよ? その傷では歩くこともできないでしょうが」


 そう言い捨てると、大見は部下たちに速やかに撤収するように指示を飛ばした。


 そして彼女もそれに続こうとしたが――立ったままなりゆきを見守っていた八神の「妹」にふと目をやった。


「アナタは逃げないのですか」


 敵意も武器もなかったため放置していた彼女に、大見は一応問いかける。


 八神の「妹」は静かに首を横に振った。


「私はここで見届ける仕事があるので」


「そうですか。それではご自由に」


 大見たちが乗ったエレベーターのドアが閉まる。


 八神の「妹」はそれを静かに見送っていた。

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