第四章 神谷風馬は愛している
第21話 古風な挑戦状
はた迷惑なテロ騒ぎから一週間。
警察から上がってきた情報に、所長席に座る私は目を通していました。
やはりというかなんというか、殺された人物の中に一人、ちょっぴりダークな経歴をお持ちの重鎮さんがいたようです。
どうにも彼が死んだことによって、そちらの界隈がちょっとした騒ぎになっているとかいないとか。
それはすなわち、彼の死にはそれなりの価値があったということで。
でも不可解なんですよねえ。単純にその方を殺したいだけなら、どうしてこんな回りくどい演出をしたのでしょう。
自分以外の誰かが殺したのだと偽装したかったというならわかるんです。
でも、あの自殺志願者たちは、自分が頂上葉佩のシンパだと自白していた。
そもそも警察に挑戦状を出しているのだから、おのずとこのテロが頂上の手によるものだとバレるはずです。
ならば偽装など意味はない。
彼が『テロ』で殺されることに意味があった?
そんなものがあるでしょうか。
……いえ、ここはさらに逆に考えましょう。
被害者が頂上によって殺されたのだということは、被害者の周囲にバレてもよかった。とすると。重鎮さんを殺すのは、ただの『ついで』だったのでは?
しかしこれでは話が一周してしまいます。
テロは重鎮を殺す偽装だった。その殺人は本当の目的のただのついでだった。ならばその目的とは? 結果的に現在起こったものとは?
…………テロそのもの?
うーーんわかりません。頭がこんがらがってきました。私、そもそも頭脳労働向きじゃないんですよねえ。
ものすごく単純に考えれば、何かの技術を試すために奴がテロを起こしたのだというのが妥当でしょうが、警察によれば彼らが使った手段はごくごくありふれたものだったようですし、何か特別な暗示がかかっていたわけでもないそうです。
わかりませんねえ。あの男、今回は何を考えているんでしょう。
無邪気に水無瀬に挑戦状をたたきつけていたあの素直さが懐かしいです。あれぐらいわかりやすくいてください。面倒なので。
「バンビさーん!」
勢いよく事務所のドアが開く音がして、パーテーションに何度かぶつかりながら水無瀬が駆け込んできました。
なんですか騒がしい。
水無瀬は手足がばらばらに動く不格好な走り方でやってくると、私の目の前に一通の封筒を差し出しました。
「はい!」
どこにでもある定形郵便の茶封筒です。
『なんだこれは』
「ドアの前に置いてあった!」
それだけを言うと、水無瀬はさっさとテレビへと向かってしまいました。最近好きですね、テレビ。幼児か?
呆れた顔でそれを見送った後、私は封筒を裏返して表面を見てみました。
――水無瀬片時様。
『お前宛だぞ、水無瀬!』
「えー」
『えーじゃない! 一緒に見るんだ!』
もう一度封筒を裏返して、一応差出人を確認します。
――頂上葉佩。
『は?』
えー。え?
また古風でアナログな挑戦状をたたきつけてきましたね、彼。
もう少しデジタル寄りな性格だと思っていましたが、こういう風情も大切にしているとは意外です。
しかしそれにしても。
私は差出人の名前を凝視します。
なんというか……アイツ、文字汚いですねえ。
筆跡をごまかすために歪めているにしても、これはないのではないでしょうか。
……脳裏で頂上が「風評被害だよ!」と騒いでいます。うるさい失せろ。
まあそれはどうでもいいのです。さっさと中身をあらためてしまいましょう。
封筒の上をハサミで切って中身を引きずり出します。
一枚の便せんとチケットでした。
『えーと、なになに……?』
水無瀬片時様
日曜に五月雨ランドで行われる脱出ゲームでお会いしましょう。
必ずお連れの方と一緒にいらしてください。
頂上葉佩
『また回りくどい真似を……』
どうせ何かろくでもないことをやらかすつもりなのでしょう。
今度は何ですか? 連続殺人? 爆弾騒ぎ?
どちらにせよ水無瀬をわざわざそこに招いた時点で、勝率は低いと思うのですが。
今回は絶対に勝てる自信でもあるのでしょうかね? 巻き込まれたくないのですが?
私はだんだん頭が痛くなってきて、手紙を畳んでちょっと遠くに置きました。
しかしこれは明確に水無瀬を意識した挑戦状ですね。
これまでは相手が水無瀬ではなくてもいいような形でしたが……気が変わったのでしょうか。それとも他に理由が?
今まで見ないふりをしていたチケットをちらりと見ます。
同封されていた脱出ゲームのチケットです。
二人一組でなければ参加できないリア充イベントへの招待状です。しかもでかでかと書かれているこの文字列――
「カップル限定って書いてあるね!」
『ボギャア!』
いつの間にか至近距離で覗き込まれていて、私は変な声を上げてのけぞります。
「バンビさん行くの?」
『誰が行くか。警察に連絡して適当な女刑事とでもお前が行ってこい』
「え? 僕行くの?」
『行くんだよ頂上からの挑戦状だろう!』
「えー」
『えーじゃない!』
まったく水無瀬は。ほぼこのためだけに警察に所属しているというのに、どうしてこんなにやる気がないのでしょう。
もしかして半年前の一件で、頂上葉佩から完全に興味を失ってしまったとか?
うわー……可哀想すぎません?
負け犬とすら見られず、認識の外にされてしまったと?
可哀想……本人が知ったら怒り狂ってこっちにまで余波が飛んできそうじゃないですか……なんて迷惑な……。
その時、コンコンとドアが叩かれ、事務所の入り口のほうから冷たい女性の声が響きました。
「小鹿さん、お邪魔します」
『ビャッ』
わ、忘れてた! 大見さんの延滞依頼はまだ続いてるんでした!
完全に意識の死角からの襲撃に対応できず、私は固まったまま彼女が入室してくるのを見つめることしかできません。
大見さんはコツコツとヒールを鳴らして机の前にやってくると、私が遠ざけておいた手紙をちらりと見ました。
「……その手紙は?」
『ええと、そのお……』
慌てて手紙を回収し、彼女の見えないところへと引っ込めます。
いやいやいやいや、大見さんに見られるわけにはいかないでしょうこれ!
彼女、頂上と敵対関係にあるんですよね!? バレたら絶対絶対絶対まずいことに――
「それねえ、頂上葉佩からの挑戦状だって!」
水無瀬ェーーーーーッ!!!!!
「カップル限定の脱出ゲームにお連れの方と一緒に来てくださいって!」
アアアアアアアアア!!!!!!!
「……へえ」
オギャーーーーーー! 地獄の底から出たみたいな声!
なんですか大見さん! 頂上とどんな因縁があるんですか! いえ、仇と言っていましたし本当にろくな関係じゃないんですよね!!
おそるおそる見ると、大見さんは黒いオーラをずももももと背負っていました。
やめて! ひばな帰りたい!!! だめだここがうちの事務所でした! アー!!
「次にお願いしたい依頼が決まりました」
『ヒッ』
「頂上葉佩の挑戦を、警察の助けなしに受けてください」
『……え?』
思いもよらない依頼に、私は目を丸くして素で聞き返します。
大見さんはいつも通りのクールビューティな表情で私を見下ろしました。
「どうせ警察が介入したとしても大して変わらないでしょう?」
まあ、それはそうかもしれませんが……。
『だが水無瀬と一緒に挑戦状の場所に行ってくれるような命知らずな女性は知らないぞ。そちらで用意してくれるのか?』
「アナタが行けばいいじゃないですか」
『え?』
「ですから、アナタが水無瀬さんと一緒に挑戦状の場所に行ってください」
ホビャヌブロエグサウォ!??!?!
「何も問題ありませんよね?」
『え、いや……』
「何も、問題、ありませんよね?」
『ハイ……問題アリマセン……』
やだやだやだやだ問題ありまくりです!
そんなの絶対にヤバい事態になるじゃないですか!
そりゃあ普段は鬼畜のような警察の皆様の指示で、囮のような役も引き受けますよ? でも今回の相手はあの頂上葉佩じゃないですか!
やだやだ! 相手が悪すぎます! あんなまっすぐすぎて捻くれまくった精神の持ち主と一瞬だって一緒にいる可能性がある場所に、囮として行きたくなんてありません!!!
やだーーー!! ひばなおうち帰るーーーー!!!!
「では、確かに依頼しましたので。失礼します」
カツカツとヒールを鳴らして、大見さんはさっさと帰っていってしまいました。
バタンとドアが閉まる音とともに、私は脱力してへなへなと所長椅子に崩れ落ちます。
な、なんということでしょう。
よりにもよって頂上と水無瀬が戦うバトルフィールドに、私も乗せられてしまいました。
こんなの絶対酷いことになります……。いやだ……。
……いえ、嘆いていても仕方ありません。
大見さんに借りがあるのは確かなこと。これでチャラにしてもらえるのならやるしかないのです。
頑張れひばな。覚悟を決めるのですひばな。
私はパソコンに向かい、大きく息を吐きました。
とにかく何かしらの手を打たなければ。
最悪、自分が生きて帰れればそれでいいのです。
勝敗なんて知ったことではありません。勝手にやってろ馬鹿ども。
その時、私ははたと気づいて顔を上げました。
ん? カップル限定の脱出ゲームに参加?
それってもしかして……水無瀬とデートしてこいということですか?
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