第22話 水無瀬とデート

 ――結局対抗手段が思いつかないまま、日曜日になってしまいました。


 ぐぐう……もはやこれまで。覚悟を決めるしかないようです。


 私は持っている私服の中でも、比較的お洒落な傾向にある服を着て、遊園地の入り口で壁にもたれかかっていました。


 スカートですよスカート。


 この私が、膝ぐらいしかない、お洒落スカートを履いているのです。


 遊園地デートという場に馴染もうとした涙ぐましい努力の形跡です。


 ……悪あがきだなーと我ながら思いますが。


 目の前では家族連れやカップルが続々と遊園地に吸い込まれていきます。


 正直言って場違いです。


 このままではたった一人で遊園地にやってきた猛者扱いされてしまいます。


 早く来い。馬鹿水無瀬。


 しかし、先日の婚活パーティ前に買ってやったマトモな服を着てこいと強く言い含めておきましたが、ちゃんと着てきてくれるでしょうか。


 あの時と同じエキセントリックコンビニ行きスタイルで来たら、私は依頼を全て投げ捨てて帰りますからね。割と切実に。


 そうこうしているうちに待ち合わせまであと五分。


 時間通りに来ることはないと踏んでいましたが案の定でしたね。


 せめて脱出ゲームの開始に間に合えばいいのですが……。


「バーンビさんっ!」


『ホギャボエロ!?』


 気配もなく忍び寄っていた水無瀬に横から抱き着かれ、私は奇妙な声を上げながらちょっと飛び上がりました。


 慌てて見上げると、にこーっと笑いながら私を抱きしめる水無瀬の顔が。


『なんだお前、お前何して』


「あのねえ、みんなこうしてるから僕もしようかなって!」


『は?』


 水無瀬が『みんな』と呼んだ方向を見ると、べたべた触れ合っていちゃつくカップルの姿が多数ありました。


 この、水無瀬、こんなところだけ学習しなくてもいいのに、馬鹿この本当に。


『パペットパンチ!』


「ぐぎゃ」


 正義の鉄拳制裁を食らい、水無瀬はうずくまります。


 まったく本当にろくなことをしません。


 とはいえ今回はそういう破天荒な真似をさせにきたようなもの。できれば私相手ではなく、頂上相手にやらかしてください。そういうのは。


『ほら、遊園地入るぞ』


「うん!」


 立ち上がった水無瀬は、にこにこしながら私の手を握って歩き出しました。


 え!?


『なんで手をつなぐんだ子供扱いか』


「んーん。みんなこうしてるからするべきかなって!」


 水無瀬が言うみんなとは、周囲の仲睦まじいカップルさんたちのことでしょう。


 さっさと手を振り払おうとも思いましたが……ちらりと入口にかけられた時計を見て、私はそれどころではないと察しました。


『開始時間が迫ってる! 急ぐぞ!』


「はーい!」


 私は水無瀬の手をぐいぐい引きながら、遊園地の奥へと進んでいきました。






 脱出ゲームのスタート地点は遊園地中央に作られた特設会場でした。


 どうやらそこで指令をもらい、この遊園地のどこかに散りばめられた謎を制限時間内に解くことによってゴールを目指すという趣向のようです。


 私は配られたパンフレットを見下ろしながら、微妙な顔になっていました。


『名探偵への挑戦状、ねぇ……』


 現実の探偵である私がこれに参加するというのは、面白くないジョークのようですね。はっはっは。


「とある大富豪がこの遊園地に財宝を隠したようだ。あなた方は大富豪に雇われた優秀な探偵である。制限時間内に財宝を見つけることができればあなた方の勝ち。財宝の一部はあなた方のものだ」


 ……これ探偵ものというよりトレジャーハンターものでは?


 訝しみながら渡されたヒントを水無瀬に押し付けます。


 正直、水無瀬にかかればこの程度の謎はウルトラショートカットして最終的な正答にたどり着くことができるでしょう。


 コイツはそういうことが本来専門分野のはずですし。ここは水無瀬に任せましょうかね。


 しかし当の水無瀬は周囲の挑戦者たちをじーっと見つめて動きませんでした。


『どうした水無瀬』


「んー……」


 水無瀬はちょっとの間首を傾けて考えこんだ後、私の手をがしっと掴みました。


「行こっかバンビさん!」


 そのまま乱暴に私を引きずって歩き出します。


 きっとまっすぐゴールに連れていってくれるのでしょう。


 そこまでは頂上も想定通りのはずですから、さてそこから何が起きるのか――


 しかし予想に反して、水無瀬が私を連れていったのは第一チェックポイントというやつでした。


 え?


「ヒントがあるね!」


『え、ああ、そうだな?』


 どうしたことでしょう。まさか水無瀬がわからない謎が含まれていたのでしょうか。


 頂上の挑戦状を即座に見抜くような男にそんなことをさせるほどの謎が……?


 困惑しながらも第一チェックポイントからヒントの紙を一枚取ります。


 そこに描かれていたのは、子供だましの暗号のようでした。


 これなら私でも少し考えれば解けそうです。


 ……ということは水無瀬、やる気がないんですか?


 いや、やる気がないのならそもそもゲームを放棄してどこかに行ってしまっているはずです。


 じゃあなんで?


 あーもう意味不明ですこの馬鹿!


「バンビさん変な顔してるね!」


『パペットパンチ!』


「ぐえ」


 お前のせいでしょうがお前の!


 腰を折って痛がる水無瀬を見下ろしていると、ふと水無瀬が何かを手にしていることに気が付きました。


『……トランシーバー?』


 水無瀬の私物でしょうか。


 こんな使い方が難しそうなもの、水無瀬が使いこなせるとは思いませんが。


『おい水無瀬。それはどうしたんだ』


 私がトランシーバーを指さすと、水無瀬はにこっと笑いました。


「落ちてた!」


『元あったところに戻してこい!』


 それ絶対この遊園地のスタッフさんのものですよ……。


 今から元の場所に戻しに行くのと、他のスタッフさんに託すのどちらがいいでしょうか。トランシーバーの持ち主は通信手段を持っていないのですから、やはり元あったところのほうが――


「――こんにちは、水無瀬片時さん」


 突然トランシーバーから響いた声に私はびくっと肩を震わせます。


 平坦な女性の声です。


 ボイスチェンジャーを通しているのか、ざらざらとノイズがかかっています。


 でもこの声色、どことなく聞き覚えがあるような?


「約束通りゲームにご参加くださりありがとうございます」


「どういたしまして!」


『水無瀬は黙ってろ』


「えーん」


 元気よくお返事した馬鹿を押しのけ、私はトランシーバーに向き直りました。


『お前は何者だ』


「私は頂上葉佩さんの「声」です」


『は? 声?』


 なんですかその設定。中二病ってやつですか?


 まあ存在が中二病みたいなやつですが、ここまでくさい演出をしなくてもいいでしょうに……。


「あなた方が探す財宝には、とっておきのサプライズを仕込んでおきました」


『はあ、サプライズ』


「早く見つけないとひどいことになりますよ」


 頂上の声さんがそう言い終えると、ぷつっとトランシーバーの通信は切れました。

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