第19話 始まる事件
あちらは私たちが入ってきた正面玄関の方面です。
「シャッターが閉まってるらしい」
「何かの誤作動?」
「他の出口のシャッターも降りてるらしいぞ」
周囲のお客さんたちは、困惑の声をかけあっています。
あー、この場所で犯行現場はビンゴだったということですか。
「きゃあああああああ!!」
響き渡った悲鳴に、私は「あーあ」と肩を落とします。
始まってしまいましたか。さっさと終わらせて帰りたいものですね。
軽くため息をついてから、私はそちらに向かいます。
「ご主人様そっちは危ないですっ、俺を盾にして動いてくださいっ」
ポチが覆いかぶさるように私の後ろに立ちました。
……まあ、好きにさせましょう。身を守れることはいいことですし。
悲鳴が聞こえたのは、通路を曲がって少し行ったところでした。
遠目に見る感じでは、刃物で刺されて倒れている男性と、近くで客や従業員に取り押さえられている男性がいるようです。
捕まっているのが犯人ですね。
「……ははっ、聞くがいい、不運な客ども!」
身動きが取れないまま犯人さんは声を張り上げます。
「今から十分おきに我々は周囲の人間を殺して自分も死ぬ! 我々はお前たちの中に紛れていて、誰かは分からない! せいぜい疑心暗鬼に苦しむといいさ! あははははは!!」
狂ったような笑い声を上げている彼は、押さえ込んだ店員によって着々と縄で拘束されていきます。
私は思わず死んだ目になりました。
『頂上も元気だなー』
つい半年前、冷たい海に消えたとは思えないアグレッシブさではないですか。
あの事件から何も学んでいないのですかあの男。
もう一回海に沈んだほうがいいのでは?
「――ちがうよ」
『は?』
突然、耳元でぽつりと言われ、私は振り返ります。
いつの間にかそこにいた水無瀬の目は現場の方向に固定されていて、心なしか爛々と輝いているように見えました。
「これ、てっぺんくんじゃないよ」
水無瀬らしからぬ静かな声色でした。
『なぜだ』
「んーーーーわかんない!」
首をかしげながら元気にお返事されました。
まあそうでしょうね。お前に説明を期待した私がバカでしたよ。
ですが、こういう喋り方をするとき、水無瀬は大抵正しいことを言っているのです。
論理はとんでもない方向へと飛躍しているでしょうが、最終的には真実を言い当てる。それが本気の水無瀬片時という存在なのですから。
「飽きた! 帰るね!」
『パペットパンチ!』
「うぎゃえ」
身をひるがえして走り出そうとした水無瀬の脇腹に、パペットの重い一撃を食らわせます。
うずくまった水無瀬のつむじを見下ろしながら、私は仁王立ちになりました。
『帰るな。仕事をしろ』
「えー」
『えーじゃない!』
唇を尖らせながら立ち上がる水無瀬を見届け、私はポチに振り返ります。
『ポチ』
「はい!」
『私たちは不本意ながらこの事件の犯人を捜さなきゃいけない。お前は』
「もちろんご協力いたしますとも! さあ存分にこの俺をお使いください!」
まあそうなりますよね。
仕方ありません。ここは彼の言うとおり、存分に使うことにしますか。
『水無瀬、あそこで捕まってる犯人とおしゃべりしてこい』
「えー」
『できたらこのアルファベットチョコレートをやろう』
「はーい!」
元気なお返事をして、水無瀬はふらふらーっと捕獲された犯人に近付いていきました。
当然警戒されましたが、警察手帳を見せておしゃべりの体勢に入ったようです。
さて私たちにもやるべきことがあります。
百均で買った腕時計をちらりと見ます。犯行が起こってから、おそらく四分程度。六分後にはまた誰かが殺されるはずです。
『ポチ、私たちは他の犯人がアイツを助けに来ないか警戒するぞ。怪しい動きをした奴がいたら教えるんだ』
「は、はいっ!」
しかし、彼らに連携というものがあるのかすら不明です。
彼らがしたいのは連続する通り魔的犯行のみ。
しかも十分ごとということは、互いに通信手段を持っていなくても可能です。
……いえ、おそらくは持っていないでしょう。
自分の時計だけを頼りに動いていると考えたほうが自然です。
鋭い目で首を巡らせていると、水無瀬と犯人がおしゃべりしているほうから、大きなざわめきが聞こえてきました。
少し待つと、水無瀬がてててーっと戻ってきます。
『どうした水無瀬』
「あのねえ。おしゃべり続けようとしたら、舌を噛んじゃったの!」
うわーと私は露骨に顔をしかめました。
『話すぐらいなら自殺する、と』
では、相手を自滅させる水無瀬のおしゃべりは全くあてになりませんね。
せいぜいできるのは、あちこち連れまわして手がかりを見つけさせるぐらいでしょう。
時間をロスしてしまいました。腕時計によれば、次の犯行まで残り三分。
うーん、これは無理では?
『……この広さでは望み薄だが、一応探すぞ』
「はいっ」
いいお返事ですね。対する水無瀬は、ふらふらとおもちゃ売り場に吸い込まれていきそうになっていました。
『パペットパンチ!』
「ぎゅえ」
『おもちゃなら後で好きなだけ買ってやる! 今は仕事をしろ!』
「わーーい!」
まあ、おもちゃは経費で買いますが。必要経費ですよねこれ?
『本当は手分けしたいところだが、ここまで広いと二手に分かれたところで大差はないだろうな……』
「はい……広すぎますからね、ここ……」
『まったく。こういう鬼ごっこ系をするならもっと適切な舞台をだな』
ぶつぶつ言いながら歩いていきます。
時計を見ると、次の犯行まであと一分。
本当にこちらに勝たせる気があるのでしょうか、あの男。
いえ、最終的にはあちらが勝つつもりではあるでしょうが、これではゲームとして楽しめるのか、という疑問が残ります。
頂上はただ蹂躙して終わりたいだけではないでしょうに。これでは水無瀬相手にゲームを仕掛けるというには――
そこで私はふと気づいて立ち止まりました。
あれ? この事件、本当に水無瀬に向けての事件ですか……?
顔を上げると、少し先でポチが立ち止まっていました。私の後ろを凝視してこちらに駆け寄ろうとしています。
振り返るとそこには、刃物を懐から出した男の姿が。
……え?
「ご主人様危ない!」
ほとんど突き飛ばすようにして、ポチは私の上に覆いかぶさりました。
このままではポチが代わりに刺されてしまうでしょう。
突然の事態に言葉を失いながら、ポチを見上げます。
――しかしポチに刃が突き立てられることはありませんでした。
「ぎゃあああああ!」
すぐ近くから響いた悲鳴。
そちらを見ると、ナイフで刺された男とそれを介抱しようとする女性、そして取り押さえられた犯人と思われる男がいました。
「え?」
彼、私より離れたところにいましたよね? どうして?
「ご主人様、お怪我は?」
『大丈夫だ、助かった』
まだ混乱しながらも、私は差し出されたポチの手を取って立ち上がります。
なぜ私を狙わず、彼に行ったのでしょう。
いくらポチにかばわれていたといっても、それならポチを刺せばいい話だったでしょうに。
『ポチ、今ので他に怪しい奴はいたか』
「すみません、何も……」
しょんぼり肩を落とすポチの手をぽんぽんと叩いてねぎらう。その意図が伝わったらしく、ポチはパッと嬉しそうな顔になった。
『次に行くぞ。次の犯行まで多分、あと四分は切ってる』
「はいっ」
とはいってもあてはありません。
遠くで起きるのか、それともすぐ近くで起きるのかも不明。
だとすれば下手に走って体力を浪費するのは無駄というものでしょう。
ポチと眠そうな水無瀬を引き連れて、早足で歩いていくと四分経ったあたりで、吹き抜けを通じて上の階から悲鳴が聞こえてきました。
三人目、ですか。
今からあそこに行っても意味がありませんね。次に行きましょう。
そこから十分間。計二回、悲鳴は聞こえてきました。
ですが、悲鳴が聞こえるのは短い間だけ。どうやらその場でそれぞれ取り押さえられているようです。
すれ違う客たちは不安そうな顔をしていますが、事態を把握していない人のほうが多そうです。従業員には事態が伝わっているようで、せわしなく動き回っていますが。
うーん、起きてないですねえ。犯人が望んだ大混乱。企画倒れでしょうか。
そんなことを思いながら歩いていると、進行方向でざわめきが聞こえてきました。
おや。ラッキーです。
逃げていく客の波に逆らって、私たちは現場に近付いていきます。
するとそこには、犯人と思わしき女と向かい合う、大見さんの姿がありました。
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