第18話 私の仇
「しかし、ここがテロ現場になるとはけしからん話だ。部下を動かして対応するが……いいね?」
ああ……そうかそういう対応になりますか……。
まあ当然ですよね、彼にとってはこの商業施設は所有物も同然。
所有物を守ろうとするのは当然の行動です。
私の了承を得ないまま、八神さんは控えていた黒服さんに声をかけました。黒服さんは軽くおじぎをすると、バックヤードへと足早に去っていきます。
え? あれ?
『や……八神さんは行かないんですか?』
何故かこの場に残ってしまったウザ男を見上げると、彼はにこりと微笑んできました。
「探偵の仕事を特等席で観たくてね。私がいなくても彼らはちゃんと動いてくれるよ」
お、面白半分ーーッ!
この男に仕事を大切にしたいという気持ちはあるんですか!?
「では私も小鹿さんたちに同行しますね」
『え!?』
「私も、探偵に興味があるので」
嘘ですよね? 仕事に関係があるからですよね?
「おや奇遇ですね大見さん。どうですか、私と探偵についてお話しませんか?」
「小鹿さん、犯行時刻はわかっているんですか?」
ギョエーッ、露骨に無視しましたね大見さん!
八神さんが無下に扱われるのは一向にかまいませんが、私に関わらないようにやってくれませんかね!?
「犯行時刻! テロがここで起きることがわかっているということは、もしかして犯行予告でも届いたのかな? 暗号とか?」
『え、あ』
「いやあ、暗号なんて心躍るね! どうやって解いたんだい? ねえ、大見さんも気になりますよね?」
「いえ別に」
「ぜひ教えてくれないかな! 探偵の推理なんてめったに見られないからね!」
『ぐ、ぐう……』
助けてください! 助けてー!
今回暗号を解いたのは警察の皆さんですし、仮に水無瀬が暗号を解いたとしても私が説明できるわけないじゃないですか! 水無瀬が解説してくれるはずないし!
ほとんど白目をむきながら相槌を打ち続けて十数分。
八神さんは顔を上げてきょろきょろと辺りを見回しました。
「それにしても一向に何も起こらないね。一体どれだけ待たせるつもりだろう」
唇を尖らせて拗ねた子供のような表情です。
そんなヒーローショーとかじゃないんですから、わくわくしないでくださいよ不謹慎な。
「ご主人様、ご主人様」
『ポチ』
そっと近寄ってきて、ポチが小さく声をかけてきました。
『……水無瀬は?』
「寝ました」
ちらりとポチの視線の先をたどると、ベンチを一つ占領してすやすやしている馬鹿の姿が見えました。
よかった……一応嵐のピークは過ぎたようです。
私はほっと胸をなでおろしてポチを見ました。
ああ、比較的常識がある分、呼び方があれでもかなりマトモに見えますねお前は。いい子です。撫でてあげましょう。
『よくやった。助かったぞ』
「えへへ……」
わしゃわしゃと撫でてやると、ポチはへにゃっと笑いました。
うーん、犬としてならかわいい。犬としてなら。
私はポチから手を離し、大見さんにアタックをしている八神さんに視線を向けました。
しかしこれからどうしたものでしょう。
このまま八神さんと大見さんと一緒に行動するのはリスクが高すぎます。
せめて片方だけであれば、まだ対応のしようがあるのですが……。
なんとか二人を引き離せないものですかね。
いえ、二人を振り切ることができれば最善なのですが。
「それにしても、頂上葉佩は何がしたいんだろうね」
大袈裟に腕組みをしながら八神さんが言っています。
「頂上という男は全てを持っていると思うのだが……そうまでして世間に伝えたい何かがあったんだろうか」
私は口をつぐみました。
頂上葉佩が世間に伝えたかったこと。
アイツにそんな大それたものがあったのでしょうか。
少なくとも私の目には、うまくいかなかった現実にただ泣きわめいている子供のように見えましたが。
「……彼には信念も主張もありえませんが、ラブレターではあったのではないでしょうか」
大見さんは平坦に言いました。
その唐突な内容に、それまで無視されていた八神さんも喜びより困惑が勝ったらしく、彼女に尋ね返しました。
「ラブレター? 一体誰に?」
大見さんは切れ長な目をベンチに向けました。
視線の先では、水無瀬がすよすよと寝息を立てています。
「……彼に?」
大見さんはスヤスヤ馬鹿をほとんど睨みつけながら続けました。
「頂上葉佩には彼が――水無瀬片時が必要です」
抑揚のない、小さい声でした。
でもなぜか恐ろしいほど巨大な感情がこめられているように感じてなりません。
「頂上葉佩は結局乗り越えられませんでした」
ぴくりと指が動いてしまいます。
彼女はやはり、水無瀬と頂上の因縁を知っている。
知る者が少ないはずのその末路すらも把握している。
「この先、水無瀬片時を超えられる人物は現れるのでしょうか」
誰に言うでもなく彼女は声を発します。
……妙です。
彼女の言葉は、内容としては感慨のあるもののはずです。
だけどそこには全く実感というか……自分が言っているという意識がないように思えました。
まるで誰かに言われたことをそのまま言っているかのような――
「……失礼します」
ホギャッ。
いつの間にか近づいてきていた黒服さんが、八神さんに耳打ちをし始めました。
音もなく現れるのやめてくれませんかね……それだけ黒服さんがプロだということでしょうが。
話を聞き終わった八神さんは、私たちに目を向けて微笑んできました。
「すまないね。私は少し行かなくてはいけなくなってしまった」
おや。何か異常事態でも起きたのでしょうか。
何があったのか聞きたいところですが……流石に教えてはもらえないでしょうね。
どう返事をするべきか迷っていると、八神さんは悪戯っぽく笑いました。
「後でどんなことが起きたか、ぜひ教えてもらうからね」
お、面白がってるーーーッ!
この期に及んでこの男、まるで自分の管轄にある商業施設の問題だという意識がありませんね!?
本当に、そういうのどうかと思います。
自分の下にどれだけの人の人生が積み上がっているのか想像したこともないのでしょうか。
そのまま去っていく八神さんを見送り、私はそっと傍らの大見さんを見上げました。
氷のような表情を崩していません。非常に怖いです。
でも、ああでもです。
ここは尋ねなければなりません。
どう考えても彼女は頂上葉佩と関係のある人物なのですから。
私は大きく深呼吸を三度した後、ぐっと背筋を伸ばして彼女に向き合いました。
『大見さんっ』
「なんでしょう」
ぐう、なんて冷え冷えとしたお返事でしょう。
すでにくじけそうです。
私は震えそうになる膝に力を籠め、なんとか彼女に尋ねました。
『アナタは――頂上葉佩のなんなんだ?』
ぞわっと。
周囲の温度が何度か下がった気がしました。
目の前の女性からは、明確な怒気を感じます。
ヤッベーーー!!! 踏んではいけない地雷でしたねこれ!
私は冷や汗をかきながら目を泳がせ始めます。
やばいやばい。なんとかしてリカバリーしなければ、この場でズドンと撃たれて終了ということになりかねません。
どうしましょう。今の質問はなかったことに、とか?
いえ、言葉に発した時点で地雷なのです。答えのあるなしは関係ないでしょう。
おそらく彼女は、「自分と頂上葉佩の関係を尋ねられる」こと自体が地雷なのです。
うわーーー最悪の言葉選びをしてしまったーーー!!!
もっとこう「仲間なのか?」とか「敵なのか?」とか、そういう無難な回答ができそうな質問にすればよかったです! そのほうがきっとまだマシでした!
視線を逸らしたままぷるぷると震えていると、彼女は唐突に、ぽつりと言いました。
「彼は、私の仇ですよ」
…………え?
わたしのかたき。
額面通りに受け取れば、自分の復讐相手ということになりますが、なんとなく他の意味が含まれているような気がします。
私の仇。私の仇――?
「それ以上をアナタが知る必要がありますか?」
『ビャッッ』
氷点下の声で言われ、私は小さく飛び上がりました。
『アリマセン……』
「よろしい」
その言葉に、ようやく解放された気分になった私は、私たちのやり取りを見守っていたポチのほうへとこそこそと逃げ去りました。
「大丈夫ですか、ご主人様……? お取込み中のようでしたが……やはり助太刀すべきだったでしょうか?」
『いや、いい。お前が来るとさらに面倒になっていた。『待て』ができて偉いな』
「えへへへへ」
アホ面をさらに緩ませて嬉しそうにポチは笑います。
この男、本当に犬扱いされるのが好きなんですね……。そのくせ水無瀬に犬扱いされるのは嫌がるなんて、私とアイツに何の差があるというのでしょう。
撫でる技術の差? いや、アイツも公園で猫と戯れまくっているので、そこそこの技術は持っているはずですが……。
ざわめきが通路の奥から聞こえてきたのはその時でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます