第17話 最悪の三つ巴
商業施設は公園から歩いて十分ほどのところにありました。
三階建てで、ありとあらゆるジャンルの専門店と系列店が入っている巨大な建物です。
徐々に近づいてくるそれを、私とポチがほけーっと見上げていると、前方からくすっと笑う声が聞こえてきました。
顔を前に向けると、私たちに向かって微笑んでいる八神さんの妹の姿が。
「ひょ……」
息を吸い込み損ねたような変な声が聞こえました。
見上げると、ポチがちょっと顔を赤らめて八神さんの妹から目を逸らしています。
これは、笑顔を向けられて照れているんですかね?
私はしみじみとしながら微笑みました。
『よかったなポチ』
「うぐぐぐぐ、すみません……」
何故か謝られました。どうして?
不思議に思いながら八神さんたちにとことこついていき、私たちは正面から施設に入りました。
「今回は抜き打ちだからね。バックヤードに入るのは後になるが……構わないかね?」
『あ、ああ。助かります』
「どういたしまして」
八神さんは、にこりと微笑みを一つこちらに向けてきます。
私は乾いた笑い声で返しました。
本当になんなんでしょうねこの男の残念感。
多分、プライドが高すぎるのが問題なのではないかなあと思うのですが。
プライドが高い割に、見た目や内面が追いついていない、みたいな。
いや、この言い方は流石に失礼ですかね。絶対に口に出さないようにしなければ。
パペットで口元を隠してもごもごと言っていると、私の視界はとある人物の姿を捉えました。
すらっとした長身に、黒いパンツスーツ。目元は一見涼やかなようでいて、苛烈な光をたたえており、目の前に立たれるだけで委縮してしまう。なんかとてつもなく怖い女性。
『……大見さん?』
彼女がなぜここに?
大見さんは買い物をする様子もなく、柱にもたれかかって手帳を見ています。
……もしかしなくても頂上のテロ予告と関係があるのでしょうか。
彼女の狙いが何かはまだわかりませんが、頂上と何かしら関係のある案件を抱えていることは事実です。
ここは、そっと探るべきですかね。
私は彼女を視界の端に捉えたまま、大見さんから目を逸らしました。
幸いにもまだこちらには気づいていないようです。とりあえず隠れて様子を――
「こんにちは、大見さん! 本日も素敵な日和ですね!」
は?
いつの間にか隣にいた八神さんの姿がありませんでした。
その代わりに五メートルは離れた大見さんのそばに駆け寄ってだらしない顔をさらしています。
は?????
「こんにちは。あなたは……」
「ああ、すみません。名乗っていませんでしたね。何しろ自分の名前を知らない存在なんて周囲にはいませんでしたので」
いらっ。
私は頬がひくっと引きつるのを感じました。
ああ~なんか腹立つ~!
ちょっとでいいから痛い目を見てくれませんかねあの嫌な金持ちボンボン男!
八神さんはきざったらしく前髪をさらっと流すと、芝居がかった仕草で自分の胸に手を当てました。
「自分は八神節夫。八神グループの次代の大幹部です!」
「そうですか」
スーパードラァァーイ!
大見さん、冷たいとかそういうレベルじゃないです。全くもって八神さんを相手にしていません。
流石はめちゃ怖クールビューティ大見さん。
本日の表情筋も一切動いていませんね!
「そ、そうですかって……それだけ?」
「あなたが何者であろうが、私には関係ありませんし」
八神さんは愕然とした顔をしています。
私は内心、拳を振り上げて応援しました。
よっしゃー! その調子です大見さん!
なんか程よくムカつくそのナルシスト男を精神的にぼっこぼこにしてやってください!
「実はこの商業施設は自分の系列グループの所有でして」
「そうですか」
「もしよろしければ、ご案内させていただけませんか? 美味しいお店も知っているんですよ」
「お断りします」
よし! よし!! いいぞもっとやれー!
ついさっきウザ絡みされた恨みもあって、胸のすく思いがします。
ああ、他人の不幸がこんなに嬉しく感じるなんて。大変性格が悪い感傷ではありますが、苛立ちは事実なので仕方ないですよね。これもひとつの自業自得です。
「小鹿さん」
『ヒョゲェー!?』
ほくほくしているところに突然声をかけられ、私は派手に飛び上がりました。
そりゃあもう、背後にきゅうりを置かれた猫のように。
「アナタがたはなぜここに?」
大見さん、話しかけてきた八神さんを完全に無視して私に尋ねてくるなんて、かなり良い性格してますね?
ってそうじゃありません。この質問、結構まずいのでは!?
『え? えーーっと……』
大見さんは頂上葉佩の案件に関わっているけれど、警察側ではないグレーな人間。
私たちは頂上葉佩の案件でここに来てはいるけれど、警察の依頼で来た人間。
い、言えるわけないじゃないですか!
警察の依頼で頂上葉佩を追って来たなんて!!!!
「あのね、僕たちてっぺんくんを捕まえにきたんだって」
ホギャアアアアアアアア!!! 水無瀬ェエエエエエエエ!!!!!
「てっぺん、くん……? それは誰のことなんだい?」
あ、ああーーーっ!!! そうでした八神さんもいるんでした! まずいですまずいまずい!!
八神さんもまたグレーな人間! しかも警察から探りを入れられている真っ最中です!
やばいやばい! これ以上彼らに情報を渡さない方法を考えなければ! 何か何か何か――!!
「てっぺんくんはね、頂上葉佩のこと!」
馬鹿ーーーーーーッ!!
卒倒しそうなぐらい血の気が引いている私に気づいたのでしょう。ポチが水無瀬を取っ捕まえて、その口を後ろから塞ぎました。
よ、よし! よくやりましたポチ! 後で存分に褒めてあげます!!
「ふむ、頂上葉佩。知っているよ。半年ほど前に死んだカリスマ指導者だろう?」
八神さんお願いですから食いついてこないで……!
「どうしてひばなさんたちが彼を?」
『そ、それはそのー……』
ぎゅんぎゅんに目が泳ぎます。
どうやって説明すれば、どうやって言い訳すれば、うぎぎぎぎ何も浮かびません! どうしようどうしよう!!
「えい!」
「うわっ!」
バッとそちらを見ると、水無瀬がポチの拘束からぬるっと抜け出たところでした。
アアアアアアアアアアアア水無瀬ェエエエエエ!!!!
「てっぺんくんは僕の友達だからだよ。だからテロ現場に行きなさいって言われちゃった!」
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!!
なんでそんな他人事なんですか! アイツの遊び相手はお前ですよ!?
違う! なんでそういう状況を最悪にすることばっかり言っちゃうんですかお前は! 本当に馬鹿!!!
ポチが水無瀬を捕まえ直し、ずるずると私たちから遠ざけます。
よしよしよし、グッボーイですポチ……!
八神さんはそんな水無瀬たちを見てぽかんとしていましたが、ごほんと咳払いをすると私に向き直りました。
「まあ聞かないでおくよ。探偵には守秘義務があるだろう?」
バチンとウインクをひとつ。
彼のおかげでピンチを脱したというのに、いらっとして口がへの字になりました。
うーーーん、率直に申し上げてウザい!
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