第12話 馬鹿VS馬鹿VS馬鹿

「ええと、こんにちは。君は誰かな? 系列会社の人ではないようだけど……」


「僕はね、あのねえ」


「自分の会社の外部顧問です!」


 ポチは水無瀬を拘束したまま、ほとんど叫ぶように言いました。


 よ、よくやりましたポチ! ナイス機転です!


「外部顧問? それにしてはずいぶんと若いようだが……」


 アウトーー! さすがに外部顧問は無理がありましたか!


「あのね、僕、童顔ってよく言われるの」


「そうなのですね、失礼しました。どのような分野が専門なのですか?」


 ギャアアア! もうダメですごまかせません!


 水無瀬はこてんと首をかたむけました。


「? 慶早大学心理学部出身です!」


「なるほど。心理学の分野からアドバイスをいただいているのですね」


「???」


 セ、セーーーーーフ!!!


 水無瀬は不思議そうな顔をしていますが、お相手はいい方向に解釈してくれたようです!


「んーと僕ね、もごっ」


「っ、そうなんです! 彼は若いですがとても優秀なので、こちらのパーティでぜひ人脈を作っていただきたいと思って連れてきたのです!」


「へぇ。君はたしか……」


「神谷風馬です。神谷商事の」


「ああ。次の社長さんだね。お父さんはよく働いてくれているね」


「はいっ、光栄です!」


 ポチは私相手のときの顔が嘘のように、緊張しきった表情で若い男と相対していました。


 もしかして彼がくだんの……。


「バーンビさんっ」


『ミッ』


 突然背後からのぞき込まれ、私は小さく飛び上がりました。


 み、水無瀬!? いつの間にポチの拘束から逃れたんですか!?


「バンビさん行こっ!」


『おぎゃっ』


 水無瀬は私の反応も見ず、私の手をひっつかんで若い男のところへと引きずっていきました。


 や、やめろ、やめろーーーっ!


 ほんと馬鹿! 最悪! 最悪です!!!


「こんにちはー! あのねえ、バンビさんがお話ししたいんだって!」


 にっこりと笑いながら水無瀬は言います。


 私はもう死んだ目です。


 終わった……何もかもおしまいだ……。


「へ、へえそうなのかい。君は? どちらのお嬢さんかな?」


 水無瀬は私の手首をつかんだまま首をかしげます。お願い離して。


「バンビさんは大人だよー」


「え?」


「大人のレディなの! ね!」


 同意を求めないでほしい。


「そ、そうなのかい……」


 ほら、お相手も困惑してるじゃないですか!


 しかし彼はえへんと咳払いをすると、笑顔になりました。


「それは失礼したね。私は八神節夫。君は?」


『……。小鹿ひばなです』


 偽名を言うべきか一瞬迷いましたが、招待状は本名だったので無意味でしょう。


 観念して本名を名乗ると、八神さんはにこにこと笑いました。


「そうかい。かわいい名前だね」


 なぜか、イラっとしました。


 穏やかに褒められただけなのに不思議です。


 なんというか、圧倒的強者ゆえの傲慢さが透けて見えるというか……相手をどこか侮っている気がするような……とにかくちょっと不快なものを感じました。


 しかしそんなことはどうでもいいですね。


 こうして会話の機会を得たのは結果オーライと捉えましょう。


 さっさと当たり障りのない会話をして、第一任務達成といきましょうか。


『ありがとうございます、八神さん』


 小さく答えます。


 そのまま数秒の沈黙。


 冷や汗が流れはじめました。


 ああーーーっ! 会話が続かない!


 私、改めて普通の会話をしろって言われると何も出てこないタイプなんですよ!


 何か話題を! 普通の話題を!


 必死で思考を巡らせていると、見るに見かねたのか八神さんはにこやかに私に話しかけてきました。


「ひばなさんは普段はどんなことをして過ごしているんだい?」


 初手で名前呼びやめてくれませんか。なんか気持ち悪いです。


 ……しかしこの質問はうまいですね。私が未成年でも成人済みでも問題がない尋ね方です。さすがは魑魅魍魎はびこる八神グループの権力者ということですか。


 ここは私もどうとでも取れる答えをしましょう。


 たとえば趣味の話とか――


「バンビさんはねえ、探偵なんだよ!」


 真上で大声で告げられた内容に、私は固まりました。


 お、おまっ、お前水無瀬ーーーーーーッ!


 なんでそういうことを言っちゃうんですか! 本当にろくなことをしない! 馬鹿! 馬鹿水無瀬!


「探偵?」


 ほらほらきょとんとしてるじゃないですか八神さん!


 どうやってごまかせっていうんですかこの状況!!!!


 しかし八神さんはなぜか、ぱあっと少年のように嬉しそうな顔になりました。


「へえ探偵! それは素敵なご職業ですね!」


『へ?』


「やっぱり殺人事件で推理とかするんですか? 犯人はお前だー! とか!」


 うきうきしたしぐさでそう言う八神さんに、私はあっけにとられます。


 ややあって八神さんは自分が子供のような反応をしていたことに気づいたようで、こほんと咳ばらいをしました。


「いや自分、ミステリーとか大好きでして……すみません……」


『そ、そうなんですか』


 内心ドン引きしながら私は答えます。


 あははーと照れ笑いをする八神さんを白い目で見ていると、その傍らに一人の女性が控えているのが目に入りました。


 女性、というよりは少女の部類に見えます。十代後半と言われても納得できる見た目です。


 私の視線に気づいたのか、清楚な雰囲気の彼女はこちらをちらっと見て軽く会釈してきました。


「ヒョ」


 すぐ近くで変な声がしました。


 見上げると、彼女を見つめて赤面するポチの姿が。


「かわいい……」


『ほう、ああいうのが好みなのか』


 小声で素直に指摘すると、ポチは慌てて弁明を始めました。


「ち、違います違いますご主人様! 今のは違うんです!」


『背が小さいのが好きなんだな。ロリコンなのか?』


「ああんっ! なじっていただきありがとうございます!」


 小声のまま体をよじって悶絶するポチをほほえましい目で見ます。


 よかった。お前にもSMではない恋愛の感性が存在したのですね。


 その調子で私から離れていってほしいです。割と切実に。


「節夫さん! どうしたんですか、こんなところで……サロンのメンバーでない輩どもと会話なんかされて」


 急にやってきた男に、私は睨みつけられました。明らかに馬鹿にされています。


 しかしそんなことより気にしなければならないことが私にはありました。


 第二の指令。八神家が中心になって構築されている、秘密サロンのメンバー複数人と接触すること。


 どうやら労せずしてそのミッションは叶いそうです。


 私はなけなしの勇気を振り絞って口を開こうとしました。


『こんにちは。私は……』


「こんにちは! あのねえ、僕、水無瀬片時!」


「は?」


 馬鹿!


 せっかく穏便に会話をしようとしたのに、どうしてそう警戒されるようなあほ面と言動をするんですか!


「お兄さん、結婚してるの?」


「は?」


「ねーねー結婚してるの?」


「は? いや、してないが?」


「じゃあ一緒にいたの誰?」


「こ、婚約者だよお前には関係ないだろう!」


 ぐいぐいいきますね、いつものことですが。


 お願いだから黙ってくれという思いを込めて、勢いよく水無瀬の革靴を踏みつけました。


「びゃっ!」


 変な悲鳴を上げて水無瀬は一旦止まります。


 ですが経験上これは一時のもの。せめてパペットパンチ(パペット抜き)を食らわせたいところですが、さすがに権力のあるターゲットの前でそんなことをするわけにはいきません。


 私、これでも生きて帰りたいので。


「安曇くんどうしたんだ?」


「なかなか戻ってこないから来てしまったよ」


「ああ。矢岳くんたちすまないね。ちょっとこの無礼なお嬢さんたちをかまっていたところだよ」


 まるで私がこの馬鹿たちのボスみたいな言い方やめてくれませんか!?


「!」


 水無瀬が何かに気づいたように、ぱっと顔を上げました。


 やめろやめろ今度は何するつもりだお前!!


「あーっ!」


「うわっ、なんだお前!」


 水無瀬は、矢岳と呼ばれていた男性に飛びつき、その服に顔を寄せました。


 え!? え?!?! 本当に何してるんですかお前!?


 そのまますんすんと鼻を動かし、水無瀬は矢岳さんから離れます。


「手を出そうとしたんだね!」


「は?」


「そこのお兄さんの婚約者と同じ匂いがする!」


 びしっと指さしたのは、矢岳さんに安曇と呼ばれていた男性です。


 彼は一瞬何を言われたのかわかっていないようでしたが、数秒かけてそれを飲み込むと、矢岳さんのことをぎろりと睨みつけました。


「そうなのか矢岳くん」


「誤解だよ安曇くん! そんなわけないじゃないか!」


「じゃあどうしてお前からうちの婚約者のにおいがするんだ」


「その男が勝手に言っているだけじゃないか!」


 口論が始まりました。


 痴情のもつれというやつです。


 なーんでこうなっちゃうんでしょう……。水無瀬をパーティに連れてきたこと自体が間違いだというのはわかっているのですが、この事態を阻止できなかったことにはちょっとしょんぼりしてしまいます。


「怒っちゃった?」


『そうだな』


「なんで?」


『お前が馬鹿だからだ』


「馬鹿じゃないもん!」


 ぷんすか怒る28歳児を白い目で見ます。


 ほんとお前ろくなことしませんね。言っていいことといけないことの区別がついていないのはわかっていましたが、この分では区別をつける努力すらしていませんね?


 まったくこの男は。どうやって今まで人間生活を送ってきたのでしょう。


 ふと、苦笑いする頂上葉佩の顔が、頭をよぎりました。


 ……表面上でもこいつと友人関係を続けていたのは称賛に値しますね。


『水無瀬、お前頂上以外に友達いないだろ』


「いるもん!」


 憤慨して水無瀬は唇を尖らせます。


「ちかちゃんセンパイは友達だよ!」


 ちょっと考えて思い至りました。


 ……ああ、あの壊滅的な服のセンスをお持ちの。


 その時、くすっと小さく笑い声が聞こえてきました。そちらを見ると、八神さんの隣に立つあの少女が私たちを見て小さく笑っています。


 私は一気に恥ずかしくなってうつむきました。


『お前のせいで笑われただろっ』


「えー」


 小声でなじるも水無瀬には一切効いていません。


 今度は八神さんがふふっと私たちを見て笑いました。


「とても仲がいいご兄弟なんですね」


「妹じゃないよ! バンビさん!」


『お前もう黙ってろ……!』


 わき腹をごっと小突くと、水無瀬はぷっくーと頬を膨らませました。


 いや、子供か?


「そんなに疑うなら本人に聞いてみればいいじゃないか」


「でたらめであることを祈っているがね!」


「なんて言い方だ!」


 どこか芝居がかった言い回しをしながらサロンの方々は去っていきます。


 ま、待ってください! まだ複数人と会話はしていません! せめて彼らと私が会話したという事実だけでもつくらなければ!


「ひばなさん」


 ぎゃあ! 急にボディタッチやめてください!


 八神さんに肩をたたかれ、私は派手に飛びのこうとしました。


 しかし、八神さんの力は思いのほか強く、私は身動きできなくなります。


「ぜひ、もっと探偵のお話を聞かせていただけませんか?」


『え、あう……』


 目をきらきらさせて八神さんは言ってきます。


 サロンの方々はどんどん遠ざかっていきます。


 ま、まだこなさなきゃいけないミッションがいくつもあるのにーーー!!!!

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