第13話 一時の感情
犬がもう一匹増えた気分です。
八神さんは興味津々といった顔で、次々に私に質問を投げかけてきました。
やれ普段はどんな仕事が主なのかだの、やれ警察との関係はどうなのかだの、やれ裏社会とつながっているのかだの。
答えることができる質問もありましたが、大半は答えられないものばかりですので、ごまかすのに一苦労でした。
とりあえず答えられない質問に対しては苦笑いしておきましたが、ヤバめの案件にかかわることもあるということはバレなかったでしょうか。
いや、一番バレたら困るのは警察と共同歩調をとっているということなのですが。
私の答えを聞いた八神さんは、ふむふむ、ほほう! とか言いながらにこにこしていました。
……楽しそうで何よりです。ほんとにじゃれてくる動物みたいですね。
一方水無瀬はと言えば、私たちのやりとりに飽きてしまったのか、ぴゅーっとどこかへ行ってしまいました。気まますぎる。野良猫ですかお前は。
はぁ……水無瀬が猫で、ポチが大型犬だとするなら、八神さんは何でしょう。
人懐っこい中型犬のような気もしますし……いえ、なんとなーく彼から感じる打算的な雰囲気を思うに、爬虫類の類でしょうか。
いやだなあ、爬虫類。
見たりする分にはいいのですが、奴らは一切人になつかないので、あまり触れたくはないのです。
死んだ目をしながら八神さんの質問に答えていると、絹を裂くような悲鳴が屋敷の奥から響き渡りました。
「きゃあああああああ!」
女性の声です。尋常ではない声量です。
何事かと身構える私をよそに、ものの十分で事態はパーティ参加者に共有されました。
「人が死んでるんですって」
「おやそれは怖い」
「よりにもよってパーティ中に死ななくてもいいのになあ」
げっ、殺人事件ですか!? 自殺にしても最悪のタイミングですね!?
「死んだのは矢岳のところのお坊ちゃんらしい」
「最近頭角を現してきたあそこか」
「競争相手が減っていいことじゃないか」
ははは。ふふふ。
大富豪の方々はたいして動揺もせずに歓談を続けています。
こえーーーっ! やっぱりこのグループ会社、犯罪行為に手を染めていますね!?
内心ガクガク震えながら私はこの状況について必死で思考を巡らせます。
その時、私の優秀な頭脳ははっと気づきました。
犯人はこの際どうでもいいのです。
この事件が外の警察の知るところになりさえすればグループ会社に捜査が入るきっかけができます!
そうと決まればまずはこの場から自然に立ち去りましょう。
そして、なんらかの手段で外部と接触を持つのです!
がんばれひばな! ファイトですひばな!
「ひばなさんどうかしましたか?」
八神さんが少しかがんで尋ねてきました。
ヒョゲェーーー!! 顔が近い!!!
『な、なんでもない、です、はい』
「ああ。死人が出たことに動揺されているんですね。気にしないでください、いつものことです」
『ひょ……』
やっぱりブラックじゃないですか! 真っ黒です!! 自白です!!
はっ、今の会話を録音できればよかったのでは?
あーもう馬鹿馬鹿! なんでこういう時に機転が利かないんですか私はこのおたんこなす!
……いえ、もうそれはいいでしょう。
とにかくここから離れて脱出できればいいんです!
『すっすみません、ちょっと、気分が悪いので、失礼します』
さりげなーく顔を伏せて体調不良アピールです。
見せつけてやりますよ数々の修羅場をくぐってきた私の演技力ってやつを!
「そうなのかい? じゃあ付きの者にお手洗いまで案内させますよ」
『えっ、いや一人で』
「駄目ですよ。死人が出ている現場で、レディを一人にはさせられません」
アアアアアアアアア!!! クッソこのキザ男をぶん殴りたいです!
正論ですけど! 善人の発想ですけど! ほんともう! アーー!!
「お、お待ちください。彼女は自分が案内します。八神さんの手を煩わせるまでもありません」
ポチがすっと八神さんと私の間に入ってきました。
よくやったポチ! 偉いです!
「そうか……。じゃあしっかりとレディをご案内するんだよ?」
「はいっ、それはもう喜んで!」
素が出てませんかこのマゾ犬。尻尾がぶんぶん振られている幻覚が見えますよ。
「では小鹿さんこちらへ」
『……ああ』
なめらかな所作でエスコートされ、私はようやく魔窟から脱出することに成功しました。
よし……次は逃走経路です。正面から出ようとしても普通に捕まってしまうでしょう。ならば裏口でしょうか。……いえ、裏口は裏口で固められていそうです。
逆に、何か理由をつけて堂々と出ていくほうが可能性が高いのではないでしょうか。
私、何も怪しくないですよーという顔で。
とすると、私は何に成りすませば……。
「ご主人様、お手洗いまで我慢できますか? 俺の手に吐きますか?」
『このクソ馬鹿変態寄るな気持ち悪い』
「ああんっ!」
本気でキモイことを言いだしたポチを、流れるようになじります。ポチは悦んでいます。気持ち悪い……。
念のためにスマホを取り出して電波を確認します。
案の定圏外でした。
まあそうでしょうね。ここだけの話にとどめておきたい黒い話題も多いでしょうし。
「ご主人様、何かお考えがあるのですか?」
考え込む私を見て、ようやく察したポチが声をかけてきます。
私は振り返らないまま答えました。
『死体が見つかったというこの騒動が公になれば、八神グループに捜査の手が入る。だからあとは私が外に出ればいいだけだ。ポチ、お前には……』
指示を続けようとして、私はポチからの視線に気づきました。
振り向くと、複雑そうに顔を少し歪めるポチの姿が。
あーなるほど。そういうことですか。
『すまん。ここの告発は、お前の会社を追い詰めることにもなるんだな』
「ご主人様……」
『いい。私は自分で逃げ道を見つける。お前はパーティに戻れ』
情けない声を出すポチを放置して、私はずんずん会場から遠ざかろうとします。
しかしポチはそんな私の腕を引き留めました。
「いえ!」
大きな声に驚いて、目を丸くします。
ポチは真剣な顔で私を見つめてきていました。
「……いえ。どうか自分を使ってください。一族より、貴女が大事です」
真正面からの言葉です。きっと心からの本心なのでしょう。
だけどそういうのはダメです。世の道理に合いません。……仮にも飼い主という体なのですから、一応叱っておいてあげますか。
『そんなことを言うもんじゃない』
「……っ!」
『私なんかが相手の、一時の感情に身をゆだねるな』
ジト目でそう言い切ると、ポチはショックを受けた顔をしながらも、腕を掴んでいた手を緩めました。
私はその隙にポチから離れていきます。
「一時の感情、なんかじゃ」
ぽつりとポチが言っていますが、これが現実です。
お前もいい大人なのだからわきまえなさい。
――その時、曲がり角の向こうから誰かの話し声が聞こえてきました。
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