第10話 レディのエスコート

 大見さんが用意したドレスに着替え、警察の皆さんの努力によってまともな髪型になった水無瀬を連れて、私はタクシーでパーティという戦場に向かっていました。


 今回はパペットは手袋で代用です。キツネの形でぱくぱくさせることで、パペットと認識することにしました。


 これはパペットです。もうそれで乗り切ります。ひばな、自分を信じて! 信じて脳を騙して!


 それはそうとして、パーティは夜七時から。今は夕方です。


 暮れゆく太陽を睨みつけながら私は考えます。


 警察の要請で水無瀬と一緒に行くことになったわけですが、これは偶然でしょうか。


 ……いえ、おそらく偶然でしょう。


 だって大見さんが渡してきた封筒には、私たち二人分の招待状がありましたから。


 しかしそんなに大きなパーティの招待状が二枚。


 私の失敗からたった一日で手に入れられるものでしょうか。


 まるで、最初から私が失敗することを分かっていたかのような――いえ、違います。


 きっと私が失敗しようとしまいと、私のことをすぐにパーティへと送り込む算段だったのでしょう。……水無瀬と一緒に。


 妙度さんが私のことをルアーと称していたことを思い出しました。


 多分、私は生餌です。


 でも一体何の?


 妙度さんは演者は頂上葉佩だと言いました。


 ですが私があの時見た文面は、明らかに頂上を挑発するもの。




『頂上葉佩は妄執していた。焦がれるのなら乗り越えろ』




 頂上葉佩。妄執。


 アイツが執着していた相手ははっきりしています。


 水無瀬片時。私の隣でわーとか言って窓の外を見ている馬鹿男。


 私を送り込むという行為は、イコール水無瀬を送り込むということになると考えたのでしょう。


 つまり……私は頂上葉佩を釣るための道具ということですか。


 私は道具。餌は水無瀬。そういうことなのでしょう。


 でも、だったら私を動かしているのは一体どこの誰が――?


「バンビさん!」


『ホギャッ!?』


 突然声をかけられ、私は小さく飛び上がります。


 振り向くと、きょとんとした水無瀬の顔がありました。


「どうしたの? ついたよ?」


 いつのまにか車の振動は止まっていました。水無瀬の向こうを見ると、運転手がドアを開けて待ってくれています。


 私はぶるぶるっと首を横に振って気を取り直しました。


『何でもない。行くぞっ!』


「うん!」






 パーティ会場は、八神家が所有している洋館でした。


 まるでおとぎ話のように整えられた庭は広く、その外側を高い金属柵がぐるりと囲んでいます。


 洋館の入り口にはガードマンが三人。手荷物検査も受けました。


 ちらっと見た限り、庭にも監視カメラはあるようです。


 かなりの厳重な警備。外から入れないということは、内側からも出られないということです。


 完全にアウェイです。もしここで厄介ごとを起こして捕まろうものなら、逃げるすべはありません。


 警察の方々が救出に動いてはくれるでしょうが、それまで私は命をつないでいられるでしょうか。


 大見さんの陣営はきっと私を助けることはしないでしょうし……。


「おなかすいたね、バンビさん」


『お前は能天気で何よりだな』


「褒められちゃった!」


『何も考えていない馬鹿だと言ったんだ』


「馬鹿じゃないもん!」


 憤慨する水無瀬を無視して、いざ洋館の中へ突入です。


 洋館の入り口にもガードマンが二人控えていて、いよいよ逃げ場がなくなっていくのを感じます。


 あーもういやだいやだーー。あの時、高額な前金につられさえしなければこんなことにはーー!


『借りは作るな、貸しは積極的に作れとあれほど教えただろうに』


 おっしゃる通りです脳内の妙度さん……! 返す言葉もございません!


 会場である洋館の大広間に通されます。広すぎてほぼホールです。


 ホールの中では着飾った紳士淑女が歓談していました。


 とはいっても派手すぎるという方はいません。上品なパーティの趣です。


「ここにいるとバンビさん、ただの小学生に見えるね」


『……パンチ!』


「ぐぎゃ」


 パペットがないのでシンプルに殴りました。


 腰を折って痛みに悶える水無瀬に、私は小声で告げます。


『いいか。私は今回、一人の大人として招待されている。子供扱いをするな。いいな』


「知ってるよーバンビさんはもう大人だよー」


『わかってるなら小学生とか言うな!』


 くわっと顔をしかめると、何が楽しいのか水無瀬はにへらっと笑いました。


「バンビさんは大人のレディだもんね!」


『は?』


「ドレスを着たレディはエスコートするものなんだよー」


『は???』


「はい、お手をどーぞ!」


 芝居がかって手を差し出され、私はぐぎぎぎぎっとうなりました。


 こいつ! どこでこんな無駄知識を! 映画か! 誰がこんなキザな映画を!


 脳裏にピースする頂上葉佩がよぎりました。


 お前かーーーッ!


『ふざけてる暇があるなら行くぞ!』


「えーん」


 べしっと手をはたいて私はのしのし歩きだします。


 まったく。まったく!


 本当に役立たずの足手まといです!


 ぎりぎりと歯ぎしりをした後、私はなんとか自分を落ち着かせようと深呼吸しました。


 落ち着け。冷静になるのです小鹿ひばな。とりあえず周囲を観察しましょう!


 私は壁に寄ると、周囲の人々に視線を走らせました。


 やはり上品な方々です。お金持ちというよりは貴族的といったほうがふさわしい振る舞いの方々ばかりです。


 そしてさりげないところにお金がかかりまくっています。


 彼らの指や首、ネクタイピンなどに控えめに光る宝石たちに、私は脳内で電卓をたたきます。


 ひえー、これが財力。あるところにはお金はあるものですねえ。


 この前の婚活パーティとは雲泥の差です。


 ……ああいえ、今回も己の利益を求める猛獣たちがいると思えば同じようなものですか。


 表面上は穏やかに話していますが、私の中のセンサーはやっべーここ! と叫んでいます。


 ああ、こわやこわや。


 さっさとこんな魔窟からはおさらばしたいです。


 そうと決まればさっさと日程表にあった任務を遂行して――


「あ、ご主人様!」


 突然響いた馬鹿明るい声に私は固まります。


 こ、この空気を読まずにじゃれついてくる喜色満面の声は!


「この前ぶりです、ご主人様!」


 ゲェーーーーーッ! ポチ!!!

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