第4話 可哀想な頂上葉佩

 店を出た後、私はすっとパペットを取り出し、無事に水無瀬の腹にはパペットパンチがきまりました。


「ぐえ」


 水無瀬は変な声を上げてうずくまりました。


 天罰てきめんというやつです。よく反省するように。


 まあ無理か……水無瀬が反省というやつをしたことなんて見たことありませんし……。


 そんな遠い目をしていると、水無瀬は急に顔を上げて声を上げました。


「あ!」


 ビクッと肩が震えます。驚かさないでくださいよこの馬鹿!


 跳ね上がった心臓を落ち着かせようとしながら、一応私は水無瀬に尋ねました。


『……どうした突然』


「あのね、そういえば家に清潔な服あるなーって」


『は?』


「てっぺんくんがね、大学生のときにくれたの! もう少しまともな服を着なさいって!」


『は?』


 学生の頃の頂上葉佩、何してるんです? お前は水無瀬の母親か?


 脳内に浮かんだ頂上が疲れ果てた顔で手を振っていました。そうか、お前も大変だったんですね……。


『大体、大学時代って……何年前の話だ』


「わかんない!」


『七年前だ。覚えておけ』


「はーい!」


 私は額を押さえました。


 まったく。頂上葉佩にとっては一生忘れられない傷跡となった事件のことを、何年前かすら覚えていないだなんて。すでにこの世から消えた彼に同情してしまいそうになるじゃないですか。


 ああ、頂上葉佩。どうぞ安らかに海の底でお眠りください。私は神様とか信じていませんが。


 しかし――と、水無瀬の服装を見ました。


 ひどいの一言です。


 水無瀬に服を与えていたということは、もしかしなくてもマネキンの服を買うように言い含めたのも彼ですね?


 現状は鮭、SABA、くまですが。


 これでは頂上も死んでも死にきれないというものです。


 哀れな……。


『もののついでだ。お前の壊滅的な私服も買ってやる。ついてこい』


 そう言い放ち、私は水無瀬をつれて歩き始めました。


 今日の私は心が広いのです。


 まあ使い込むのは、臨時収入の前金ですが。


 




 すたすたと歩いて男物のショップの場所を探しながら、私は後ろの水無瀬に尋ねました。


『大体どこでこんなバカ服見つけてくるんだ……』


「えっとねえ、ちかちゃんセンパイが教えてくれた!」


『誰だそれは』


「忘れた!」


『そうか』


 まあセンパイというぐらいなので、学生時代の先輩とかでしょう。


 なんとも趣味の悪い先輩もいたものですね。もし会うときがあったらそっと『服が変だぞ』と教えてやりたいぐらいです。


 その時、水無瀬はたたたっと早足になって私の隣に並びました。


「あのねあのねバンビさん」


『なんだ』


「これって、『でーと』みたいだね!」


『!?』


 驚いて立ち止まってしまいます。


 水無瀬はそんな私の手を取って、ぎゅっと恋人繋ぎをしてきました。


「あのね、でーとではこうするんだって!」


 は!?


 水無瀬の行動の意味がわからず、でもされている行為の一般的な意味はわかってしまって、私の顔はほぼ反射的に赤くなります。


 馬鹿馬鹿やめろ! そういう思わせぶりな行動で何人の女を泣かせてきたんだお前は!


 あーでもその分こいつも泣かされてそうでもあるな……。「えーん」とか言って蹴られてそうだな……。


「バンビさんどうしたの?」


 整った顔が触れそうなほど接近してきます。クッソ、まつ毛が長い顔がいい!!


 私は慌てて水無瀬の手を振り払います。


 そして、すぐ近くにあった男物の服屋に看板も見ずに入店しようとしました。


『うるさい! もう黙れこの店で決めるぞ!』


「……小鹿さん?」


 突然聞き覚えのある声に呼び止められ、立ち止まります。


 振り向くとそこにいたのは、今回の依頼人の大見さんでした。


「偶然ですね」


 大見さんはいくつかショッパーを持っていました。


 この近くに住んでいるのでしょうか。


 いやでも、なんとなく違和感が……。


 彼女の持っているショッパーの角が、少しだけ毛羽立っているような? すでに使ったことがあるもののような? 彼女、本当に今買い物をしていたところでした?


「ちゃんと依頼をこなそうとしてくださっているようで安心しました」


 大見さんの言葉に思考から引き戻され、びしっと背筋を伸ばします。


 彼女の視線は鋭いです。


 私が依頼を放棄しようとしたことを見抜いてはいないでしょうね、怖……。


 しかし、彼女が睨んでいるのは私ではありませんでした。


「水無瀬さん」


 きょとんと水無瀬は首をかしげます。


「アナタにはこちらの店ではなく、あの店のほうが似合うのではないでしょうか」


 大見さんが指さしたのは、向かいの通路の二店舗向こうにある店でした。


 確かに水無瀬のように足が長い男性に映えそうな服を売っているようです。


 どうしてそんなことを言ってくるのかわからず、私は大見さんを見上げます。


 彼女はほとんどにらみつけるように私を見下ろしてきました。


「私にも高身長の肉親がいるので。お節介をしてしまいすみません」


 ええー、なんでこの人こんなに不機嫌なんです……?

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