第3話 そろいもそろってファッションセンスが皆無
私は年相応の服をお願いしたんですけどねえ。
アパレルショップの店員さんに、勇気を出して婚活パーティ用の服を見繕ってもらって数時間。
断り切れずに買ったショッパーの中には、どう見ても子供用の服が詰まっていました。
……いえ、これならまだ可愛い系の服ということで押し切れるのでは?
ほらガーリーファッションってやつですよ。用法合っているか知りませんが。
そう念じながらもう一度ショッパーの中を覗きます。
駄目です。これは子供服です。
うぐぐ、一体何がいけなかったのでしょう。
ショッピングモールの休憩スペースに腰かけながら、右手にはめたパペットで何気なく自分のほっぺたをあむあむとさせます。
ややあって、くまさんパペットと目が合いました。
『これか!?』
なんという盲点。まさかパペットを持っているだけで小学生に見えるとは。
え? というかそれじゃあ私、婚活パーティ無理なのでは? パペット持った小学生が婚活は苦しすぎるのでは?
『どうしよう……』
今からでも依頼を断りましょうか。まだパーティまで一日あるのなら、ギリギリキャンセルできるのでは?
しかし、ポシェットの中に入っている封筒のことを思いだし、私は青ざめました。
し、しまったーー!! 前金、使い込んでしまいました!!
『ぐううううう………』
とうとう口に出しながら私は唸り始めました。
前金を立て替えようにもうちに貯金はありません。さっきのアパレルショップでは押し売りにあって結構な額を使ってしまったので、そんな額は返せません。ない袖は振れません。
仕方ない。ここは腹をくくってパペットなしで仕事に臨むしかありません。
かくなる上はパペットを隠して別のアパレルショップに突撃を――
「あっ! バンビさーん!」
なんか聞こえました。
こんな思い悩んでいる状況で聞きたくなかったなあ。聞かなかったふりをしたいなあ。
しかしその声の主はばたばたとせわしない足音とともにまっすぐ近づいてきて、高い位置からぐっと私を見下ろしてきました。
『……なんでここにいるんだ水無瀬』
そちらを見上げて最初に目に入ったのは、紫色のスウェットでした。
大文字でSABAと書かれた上に、キラキラと輝く鮭が躍っています。ズボンはまともと思いきや、膝にくまさんワッペンがついています。
え、何その私服。近寄らないでほしいんですが。
それを着てギリギリ許されるのは小学生と浮かれたパーティと近所のコンビニに行くときだけですよ。
「あのね、久々にタンス開けて服出してきたんだけどね」
やめてください、近づくな。
お前はクリスマスセーターという概念ですか? あれはクリスマスだから許されるんですよ? 本当に近寄らないんでほしいんですが。
『お前、ほんと、お前、何しに……』
私が言葉を失っていると、水無瀬は無邪気ににこーっと笑いました。
「婚活パーティの服買いに来たの!」
『あー……』
満面の笑顔に鮭、SABA、くま。
そのアホ面にはいっそ似合いますね。バカが映える服装です。
私は頭痛をこらえながら尋ねました。
『大丈夫かお前? 婚活パーティの服装分かってるか?』
まるで母親のようなことを言ってしまいました。
いやでもこのセンスで来られたらマジで仕事に支障をきたすので。助けて。
水無瀬はにこにこ笑いながら答えました。
「清潔な服装だよね」
『そうか。それはどんな服なんだ』
「わかんない!」
『だろうな』
水無瀬に人の感性を求めた私がバカでした。
たしか以前服屋のマネキンを見て自分に似合うとか抜かしていましたが、あれはきっと『ああいうマネキンが着ているものは自分が着こなせている』と誰かに吹き込まれたのでしょう。
親切な友達とか? 本当に親切ですね。もう少し頑張ってセンスも矯正してもらいたかったものです。
『もう分かった。お前、一緒に歩くな。私は自分の服を買いに行く』
「うん、じゃあついていくね」
なーにが『じゃあ』ですか! 話を聞けこのお馬鹿!
ふーっふーっと威嚇しながら水無瀬と距離を取ろうとしますが、水無瀬は持ち前のクソ長い足で余裕でついてきます。
うぐぐぐぐ! 長い足を見せつけやがって!
逃げる私。追いかける水無瀬。
どうしても引き離せず、私は立ち止まりました。
急に止まれず、水無瀬が私にぶつかります。痛い。
『分かった。ついてくるのはいい。だが邪魔をするな。迷惑をかけるなよ絶対だぞ』
「はーい」
いいお返事です。お返事だけはな。
私はパペットをしまうときょろきょろと辺りを見回し、それなりにフォーマルな服を売っていそうな店を探しました。
フォーマルかつ、小さいサイズもあり、かつ店員さんが怖くないところがいいですね。
「あ。あそこがいいかも!」
ちょっ、水無瀬!?
手首を掴まれてずるずると引きずられていきます。
くぅっ! 水無瀬は死ぬほど非力なのに、圧倒的な体格差で負けている!
水無瀬につれこまれたのは、求める条件に割と合った店でした。
店員さんがぐいぐい来そうなところはちょっと気になりましたが、それ以外はよさそうなお店です。
「バンビさんには何が似合うかなー」
お前には絶対に選ばせないからな。絶対にだ!
パペットがないのでうまくしゃべれず、にこにこと女物の服を物色する水無瀬を追いかけることしかできません。
そんな最中、ショップ店員が近づいてきました。
危険信号! 危険信号! 私、退避したいです!
「妹さんの服をお探しですか?」
「ううん。バンビさんなの」
「……?」
ああもう店員さん困惑してるじゃないですか。
ぐ、しかしここで退きさがっては先ほどの二の舞。ここは頑張るのです、小鹿ひばな!
「あ、あの」
「はい何でしょう」
「わた、私成人済みで、こんかつ」
「婚活? ああ、軽いパーティ用のお召し物をお探しですね?」
首をぶんぶんと縦に振ります。
すごい! この店員さんプロです! いやお店に立ってるのだからプロなのは違いないのですが、その中でもお客様の心が読めるプロフェッショナルです!
ほわわわわ、とかっこいい店員さんを見ていると、彼女はいくつか掛けられていた服を持って戻ってきました。
「こちらとかどうでしょう。150センチなので若干袖が余るかもしれませんが……そこは調整すればおそらくなんとかなるはずです。こちらの薄いピンクのワンピースはAラインなので胸の薄さを多少カバーできるかと。それでこちらは――」
ほほうほう、なるほど。どれも良さがわからん。
困りました。服装に頓着しない人生を送ってきたので本当に何もわかりません。
ところでAラインって何ですか? 私の胸のサイズが小さいと言っているんですか? ぶっ飛ばしますよ?
「あのねあのね、多分どれも似合うよ!」
うるさい水無瀬ほんと黙れ水無瀬、壊滅的センスのお前に言われるということはすなわち似合っていないということではないですか馬鹿ほんと。
「そうですね。それでは順番に試着してみるのはいかがでしょうか」
えっ。
「おきがえバンビさんだね!」
えっ?
「試着室はこちらですよ」
案内されるままに試着室に入れられ、よく分からないまま服を着ました。
一着目。ベージュの上に紺色のスカート。
「いかがですか」
「ありだと思う。次!」
二着目。白っぽいシャツに黒くて長いなんかズボンみたいなやつ。
「いかがですか」
「ありだと思う。次!」
三着目。薄ピンク色のAラインワンピース。
「いかがですか」
「ありだと思う!」
水無瀬……さっきからそれしか言っていないじゃないですか……。
少しはお世辞とか言えないんですか。こちとら女の子が服を選んでいる最中なんですよ?
「あのねあのね、全部似合ってるけど最後のワンピースがいいかも! すごいぴったり!」
「ぎゃえ!?」
急に褒められてびっくりして変な声が出てしまいました。
まさか水無瀬にそんなことを言われる日が来るなんて思いませんでしたので。別に一瞬照れたとかそういうものではありません。
水無瀬、変なものでも食べましたか?
拾い食いはしないようにってあれだけ言ったのに……。
しかし水無瀬は続けました。
「あとねえ。ワンピースじゃないと多分バンビさん上手に着られないから……」
ぶっ飛ばしてやろうか。
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