第310話 15章:赤のフォーク(24)

「どうやってここに来たんだ?」


 オレを追って来たにしては早すぎる。

 場所は由依に調べてもらったのだから、知られていて当然だが。


「自宅のヘリポートから、一番速いのを飛ばしてもらったの。屋上には直接着陸ね」


 金持ちはやることが違う。


「じゃあ……なんで来たんだ」

「そんなの、カズが心配だからに決まってるでしょ。もちろん、ヴァリアントに殺されるって意味じゃないよ?」

「どういうことだ?」

「知らないフリをした方がいいかなって思ったんだけどね。カズが苦しそうだったから、ネタバラしにまにあうように来たの」


 由依は優しい笑顔でまっすぐこちらを見ている。


「ふーん、お仲間にもナイショだったんですね。そりゃあ、あんな大量殺人、言えるわけないですもんね」


 オオゲツヒメは楽しそうにニヤけている。


「この男、地下にいた人間ごと施設を焼き払ったんですよ! 怖いですよねえ!」


 大きく両手を広げ、芝居がかった仕草でこちらを煽ってくる。


 事実ではあるし、あの選択が間違っていたとは思えない。

 物語なら主人公が迷っているところに、第三者が何かの理由で代わりに焼き払ってくれたりするだろう。

 主人公の手を汚させないための神の手だ。

 だがそんな都合のよいことが現実に起きないということをオレはよく知っている。


 いやらしい笑みを浮かべたオオゲツヒメを、由依は冷たい目で見つめ、静かに口を開いた。


「カズがやらなかったら、私がやってたわ」


 嘘だ。

 白鳥家の敷地で起きたことならわからないが、少なくとも今回のケースなら由依は手を出さない。


「そうか、ありがとな」


 こういう時に言うべきなのはお礼だろう。


「任せといて」


 護りたい。この笑顔。


「ちぇっ……つまんないですね。いずれにせよ、私の『仕事』を知られてしまった以上、死んでもらうんですけどね」

「仕事? ヴァリアントがずいぶん社会的なことを言うじゃないか」

「あら、人間だってもともと、効率的に食物を得るために共同体を組織したでしょう?」

「本能に従って喰い散らかすのがヴァリアントだと思ったが?」

「ほとんどがそうだということは否定しませんけどね。美味しいフルーツを食べるためには、我慢も必要なんですよ」

「いつまでもそちらが捕食者側だと思わないことだな」

「あら、いくらあなたが強くても、ヴァリアントが喰べる側だというのに変わりはありませんよ。ライオンに勝てる人間が一人いたところで、種としては敵わないのに変わりはないでしょう?」

「たしかに言い間違いだ。人間はヴァリアントを喰ったりしない。必要があれば駆除するだけだ害獣だよ」

「天敵の間違いでは?」

「少なくともオレにとっては違うな」

「大した自信ですね」

「事実だよ」

「ヒミコ様からは気をつけろと言われていますが、自信過剰な人間が泣いて許しを請うの何度も見てきましたよ」

「『過剰』ならそうだろうな」

「……話が前に進みませんね」


 穏やかな笑みを顔にはりつけていたオオゲツヒメが、はじめて苛立ちを僅かに滲ませた。


「最後の会話くらいは少しつきあってやろうと思ってな」

「やれやれです。食前の会話はこのあたりにしておきましょうかね。それでは……いただきます!」


 オオゲツヒメの魔力が、片腕だけだった時とは比べものにならないほど爆発的に膨れあがった。


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