第309話 15章:赤のフォーク(23)

 黒服から奪った銃を彼の背中に突きつけながら、ホテルの狭いエレベーターから降りた。

 やってきたのは最上階だ。


「ボ、ボスはここだ」


 黒服が立ち止まったドアの先の気配を探る。


「おい、中に誰もいないじゃないか」

「ちっ!」


 舌打ちをした黒服は、体を回転させながら裏拳でオレの顔面を狙ってきた。

 ここにきてまだ反抗するのはプロ意識からなのか、ボスへの恐怖からか。


 背中に拳銃を押しつけた時からわかっていたが、男はスーツの中に防弾チョッキを着ている。

 弾は貫通しなくてもかなりの衝撃があるはずだが、覚悟の上だろう。


 オレは裏拳を手で軽く払った。

 それだけで、黒服の拳は鈍い音をたてて粉々に砕けた。

 それでもなお黒服は、空いた手で抜いていたナイフで突いてくる。

 こちらが本命か。


 その根性には感服するが、無駄だということにかわりはない。

 オレはナイフの刃を人差し指と中指で挟むと、そのままパキりと折った。


 銃弾を止めた時からわかっていたはずだが、それでもなお黒服は驚愕で動きを止めた。


「さあ、ボスのところに案内してもらおうか」


 ジリジリ後退る黒服を廊下の端へと追い込んで行く。


「くっ……」


 額に脂汗をにじませる黒服の視線が、ふと近くのドアに向いた。


「そこか」


 オレはそのドアに魔力弾を撃ち込み、破壊する。


「手榴弾!? いや、違うな。なんだよ今の――ぐあっ!?」


 黒服に掌から出した衝撃波を浴びせ、壁に叩きつけて昏倒させた。

 もう用はない。


「騒がしいですね」


 めんどくさそうな若い女性の声とともに、壊れたドアの向こうから現れたのは、倒したはずのオオゲツヒメだった。

 果樹園の地下施設で会った時は女中の格好だったが、今はおいらんを思わせる和服姿だ。


 本体だと思っていた左腕は肘から先がない。

 本体だったのではなく、切り離した腕に意思を持たせていたといったところか。

 なかなか器用なマネをする。


「これほど早くここを見つけるとは、やりますね」


 白鳥家の協力はあったにせよ、あんたらもガバガバだよなとは言わないでおく。


「あんたらヴァリアントが、目の前にいる人間を喰わずにやっていけるとは意外だな」

「お腹が空いたらお客さんを頂けばよいだけですからね」

「よくできたシステムだよ。まったく」


 おかげで、こいつを生かしておく理由が見当たらなくて助かる。


「そちらこそ、人間にしては容赦がありませんね。果樹園の地下施設を壊したの、あなたでしょう?」


 その質問を肯定するのをためらうオレがいた。

 屋上に続くであろう階段から、由依が下りてきたからだ。

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