第302話 15章:赤のフォーク(16)

 説明を終えたオレはちらりと華鈴さんを見た。


「かまいませんわ。大人の世界には汚いこともたくさんあることは承知しています。でもこれは度を超えすぎてますの。もし六条グループが最近ヴァリアントのことを知り、白鳥系に勝たんがためにこんなことに手を染めているなら、浄化する必要がありますわ」

「いいんだな」

「グループの立て直しなら私がするのでご心配なく。それに、こういった膿は今のうちにだしておいた方が、私がトップに立つのにも、立った後も有利ですわ。私をトップにしたくない派閥の弱みを握るという意味でもね」


 華鈴さんの立場も、グループ内ではまだ微妙ということか。

 高校生なのだから当然とも言える。

 なんなら情報を握っているうちにごたついてくれた方が、周囲を出し抜けるという判断だろう。


「高校生とは思えない思考だな」

「あら、これを理解できる貴男も同じではなくて? ますます夫にふさわしいと思えますわ」

「結婚の話はおいといて! どっちから攻めるの?」


 華鈴さんをキッと睨みつけながら、由依が割り込んできた。

 そんな由依を見た華鈴さんは、やっとライバルとして認識してくれたと、少し嬉しそうだ。


「赤ん坊は手がかりゼロだからなあ……。華鈴さん、研究所の方はいけるか? 場合によっては調べるだけでも危険かもしれないが」

「お任せになって。これでもあちこちに顔はききますの」

「わかった。よろしく頼む」

「おやすいごようですわ」


 そのフレーズをリアルで使ってる人、初めて見たぞ。


「それからヴァリアントについては――」

「絶対口外しないこと。ですわね? 身の安全のためにも、自分の未来のためにも」


 さすがによくわかっている。


◇ ◆ ◇


 その日の夜。

 オレは果樹園の地下施設に一人、忍び込んでいた。

 果樹園は華鈴により、厳重な立入禁止令が出され、園の維持に最低限必要な人員以外は休みを取らされている。

 特に地下施設の周囲には、急造なからも赤外線センサーが設置された。

 オレは赤外線を『見て』、それに触れないよう、地下施設に侵入した。

 低い駆動音が響く闇の中、ポッドの中で、たまに人影が蠢く。


 ポッドの蓋は上にあり、裏側からはしごを上ることで開くことがでかる。

 オレは稼働し続けるポッドの蓋を一つ開けた。

 中に入っている10歳くらいの女の子の首から上が出るところまで、中に入っている液体を抜く。


「う……あぁ……」


 女の子は虚ろな目でただ呻いている。


 言語を学んでいないから喋れないという感じではなさそうだ。

 そもそも心が壊されている。

 軽く皮膚をつついてみるも、なんの反応もない。

 痛覚もだめか。


 吐き気にも似た何かが、体の奥から湧き上がってくる。


 オレはそのまま次々にポッドを開け、中を確かめていく。

 結果は全て同じだった。


 体のパーツのあちこちがアンバランスで、歪んだ成長をしている。

 それは脳にも及んでいるのだろう。

 きっと、今からまともに生きていくことは叶わない。

 それどころか、ポッドから出てどれくらい生きていられるのかも。


 ポッドの外で育ったであろう妊婦達も同じだった。

 魔法を使っても意識を取り戻すことはなく、ポットの中でだけでかろうじて生かされている。

 お腹の中を透視してみると、胎児達もポッドの中の子供達と同じ状態だ。


 この施設をどうするかは、明日までに華鈴が決断するという。

 だが、彼女にそんな重たい決断をさせたくはない。

 冷泉さんの時は、彼女の性格や、何よりヴァリアントの能力もあって、本人が決断した方が良いと思った。

 だが今回は違う。

 救うことのできない、100を超える命を、それも本来自分には無関係なものをどうするかなんて、どう決断したとしても、トラウマにしかならないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る