第294話 15章:赤のフォーク(8)

「何の音だ全く……。次の出荷が近いというのに」


 奥の扉から、果樹園の作業着姿の中年男性がぼやきながら現れた。


「山形さん! ここで何をしているんですの!? というか、ここは一体何ですの!?」


 山形に駆け寄ろうとした華鈴さんを、オレが手で制する。

 ここに現れた時点でまともな人間であるはずがない。

 今のところヴァリアントではないようだが。


「華鈴さんの質問に答えてもらおうか」

「こいつをやったのはあんたか? ダイナマイトでも持ってきたのかよ」


 緊張した面持ちの山形は、オレを無視して天井に空いた穴を見上げている。


「いいや、殴って空けた」

「おいおいボウズ、冗談ならもう少しマシなのを言えるようになるんだな」

「オレは難波カズって名前だが、聞き覚えは?」

「どうしたんだ急に自己紹介なんてして」


 オレの名前に反応しない?

 不本意ながらオレの名前は、ヴァリアントの間で有名になってしまった。

 それを知らないということは、やはりヴァリアントではない?

 多くが単独行動を好むヴァリアントのことだから、ただ知らないだけの可能性もある。

 もしくは何も知らずに利用されているただの人間か……。

 まともな神経でこんなことに手を貸せるとは思いたくないが、それ以上に汚い人間も異世界で見てきたからなんとも言えない。


「山形さん! どういうことかと訊いているのですわ!」


 オレの制止を無視して、激昂する華鈴さんが山形に詰め寄ろうとする。


「だめです華鈴さん」


 それをオレは彼女の手を掴むことで止める。


「なぜ止めますの!?」


 華鈴さんは鬼のような形相でオレを睨んで来る。

 かなりの情熱をかけて作ったであろう自分の果樹園で、こんな得体の知れないことをされれば、怒るのは当たり前だ。


「人間を食肉として取り引きするヤツと話し合いなんて無駄だ。殺されるぞ」

「人……食……え……? 何を言ってますの?」


 戸惑う華鈴さんだが、この光景を見て、否定しきれないのだろう。

 彼女の手の震えが伝わってくる。


「ボウズ……どこまで知ってやがる。絶対バレないって聞いてたのになんだよこりゃあ」


 山形の顔に初めて焦りが滲む。


「ちっ……正解かよ。さらってきた人間をヴァリアントに出荷……いや違うな。ここで『生産』と『育成』をしてやがるな?」


 設備を見るに、そうとしか思えない。

 まるで畜産場である。

 まったく……なんてことしやがる!


「こいつらは人間じゃないからいいんだよ! ここで生まれて意識もないまま栄養だけを注入されて育つんだ。豚や牛と一緒だ」


 山形は自分に言い聞かせているようだ。

 多少の罪悪感はあるようだな。

 だからと言って許されるものではないが。


「ヴァリアント……? 何を言っているんですの?」


 腰を抜かした華鈴さんがその場にぺたんとへたり込んだ。


「お前がヴァリアントでないなら、取引相手がいるはずだ。言え!」

「言うはずがないだろ!」


 そりゃあそうだ。

 こんな『仕事』をしているということは、ヴァリアントの恐怖を植え付けられているはず。

 なら、それ以上の力を見せるしかないか。


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