第286話 【外伝短編】WRYYメイツ(後編)

 公録も無事終わり、この後はラジオでは放送されない参加者だけの特典。

 ライブコーナーだ。


 歌うのは数曲だけだが、これを楽しみにしている観客も多いことだろう。

 壇上の準備ができたところに、冷泉さんがやってきた。

 それと同時に、観客は皆、イスから立ち上がる。


 由依はそんな周囲を見回し、遅れて立ち上がった。

 ちなみに公録の間中、由依の背中からはオレに向かってすごいプレッシャーが放たれていた。

 帰った後、何を言われるかドキドキだなあ。


「いっくよー! 『私がゾンビだったらいいのに!』」


 冷泉さんが拳を振り上げると同時に、会場が色とりどりのサイリウムで明るくなった。

 この頃からしばらく、ライブでの光り物の主役はサイリウムだ。

 盛り上がりどころで高輝度タイプを使ったり、色の切り替えができる電池タイプのペンライトが一般的になるのはもう少し先の話である。


 ライブは大いに盛り上がった。

 最初は戸惑っていた由依だったが、2曲目あたりからは周囲に合わせて飛び跳ねていた。

 素手を振り上げる彼女に、となりの客がサイリウムを一本あげている。

 このあたりのオタクの優しさというか、おせっかい布教というかはいつでも変わらないなとほっこりしてしまう。




 そんなこんなでイベントは終了。

 退場の流れとなったのだが、由依は席から動かない。

 あらかた周囲の客がいなくなったところで、ぎぎぎぎとゆっくりこちらに顔を向けた。


「と、友達の話だから!」


 声を裏返して主張する由依である。


「お、おう」

「ほんとだよ!?」

「わかったって。それより、ハガキで応募してまでなんでここに?」

「彼女とは少しだけど、関わってしまったから……。その後どうしてるか気になってラジオを聞いてみたの。そしたら、直接顔を見られる機会がありそうだったから応募してみたら当選しちゃって……。こんなに盛り上がる場所だなんて知らなかった。カズは?」

「オレも似たようなもんだよ」


 ラジオ自体は、パーソナリティーが冷泉さんに代替わりする前から聞いていたが。

 とりあえず会場を出ようと立ち上がったところ、スタッフが近づいて来た。


 追い出しだろう。のんびりしすぎたな。

 迷惑になるから早くでよう。


「すみません。難波カズさんとお連れ様ですね? 冷泉さんが楽屋に来て欲しいとのことで、よろしければご案内したいのですが」


 スタッフの意外な申し出に、オレと由依はとりあえず頷いたのだった。




 楽屋というものには初めて入ったが、普通の小部屋だった。


「呼びつけてごめんなさいね。せっかくだから少しお話ししたくて」


 そう言って立ち上がった冷泉さんは、ステージの時よりも落ち着いた雰囲気だった。

 オレの知っている方の彼女である。


「お久しぶりです」


 オレに続いて由依も小さく頭を下げる。

 二人はそれほど接点があったわけじゃないしな。


「ごめんなさいね。二人の仲を邪魔してしまったかなと思って謝りたかったんです」


 言葉とは裏腹に、冷泉さんはオレと由依の顔を見比べて、にっこり微笑んだ。


「と、友達の話ですから」


 また言ってる。


「そうでしたね。じゃあ……」


 となりにやってきた冷泉さんがオレに腕を絡めてきた。


「私がかりちゃっても良いですよね? 彼、良い体してそうですし」


 由依ほどのボリュームはないが、しっかりと柔らかさが腕に伝わってくる。

 オレの胸板に置かれた手から、心臓の音が伝わってしまいそうだ。


「私が彼を好きじゃないなんて言ってませんよ」


 氷のような笑顔で、由依が逆側の腕をとってくる。


「あらごめんなさいね。ボディガードにかりようと思っただけなのだけど」


 ころころと笑いながら、冷泉さんはオレからぱっと腕を放した。


「これでさっきの借りはなしにしてくれると嬉しいですね」


 借りというのは、由依にそのつもりがなかったのに、オレの前でハガキを読んでしまったことだろう。

 それを由依が貸しだと思っているかはわからないが。


 冷泉さんとしては、オレ達の仲をとりもったと言いたいのだろう。


「え? あ……」


 顔を赤くした由依もまた、ぱっとオレから離れた。

 普段くっついてくることもあるくせに、こういうところは恥ずかしがるんだな。


「しっかり捕まえておかないと、本当にとっちゃうかもしれませんよ。電話で相談してるうちに好きになっちゃうなんて、ドラマやアニメだとよくあることですから。あれ?」


 冷泉さんはいたずらっぽく笑いながらも、「相談ってなにしたんだっけ?」と呟いていた。


「私とカズはずっと一緒なんだからご心配なく!」


 由依はオレを楽屋の外へとひっぱろうとする。


「それじゃあ冷泉さん、陰ながら応援してますよ」


 オレも冷泉さんに軽く挨拶をした。


「今日は来てくれてありがとう。今度はプライベートで遊びましょうね~」

「私も一緒に遊びますから!」


 そこで、遊ばせないとは言わないあたりが由依らしい。

 ぷりぷり怒ってみせながらも、冷泉さんのどこか寂しげな雰囲気を感じ取ったのかもしれない。


「嬉しい。絶対ですよ」

「く~! またこんど!」


 由依をここまで手玉に取るとはさすが業界で揉まれているだけのことはある。


「カズ! 今度から冷泉さんのラジオは一緒に聴くんだからね!」


 どういう理屈でそんな落としどころになったのかはわからないが、断る理由はなかった。

 美少女幼なじみと一緒に深夜ラジオを聴くなんて、最高じゃないか。

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