第284話 【外伝短編】WRYYメイツ(前編)

【前書き】

14章までお読み頂き、ありがとうございます。

今日の更新はちょっと箸休めの短編です。

14章の事件から少したった頃の出来事です。


前・中・後編のあと、15章が始まりますのでお楽しみに!


【本文】

 今日オレは、渋谷のとあるホールに来ていた。

 ラジオの公開録音を観覧するためだ。


 パーソナリティーは声優の冷泉アイさん。

 あの事件後に人気ラジオの三代目パーソナリティーとなり、こうして二千人の箱で公開録音をすることになったのだ。

 往復はがきで応募しての抽選だったのだが、かなりの倍率だったらしい。

 それにしても、懐かしい抽選方法である。


 オレが会場に入った時には、すでにほぼ満席状態だった。

 開演五分前だからな。


 観客はみなカバンや腰などに、鈴をつけていた。

 これは、このラジオがタイアップしているゲームを象徴するアイテムだからだ。


 タイアップゲームとは『噛むぜ! フライングゾンビーキャッハー!』シリーズである。

 空飛ぶ美少女ゾンビを操る縦スクロールシューティングだ。

 第一作は10年以上前ながらも、今でも続編が発売され、ラジオドラマ化、OVA化など複数のメディアでかなりの人気を誇っている。


 その中でもこのタイアップラジオ『フライングゾンビーぱらだいす』は、オタクに大人気のコンテンツだ。

 得に三代目パーソナリティーとなった冷泉さんの人気はすさまじく、ラジオから入ったファンによりゲームの売上が倍に増えたとも言われている。


 そんな『ゾンぱら』リスナーが、リスナーの証として身につけるのが鈴なのだ。


 オレはそんな会場を眺めながら自分の席を探す。入口の図を見た感じ、会場の中央あたりだったはずだが。


 ……………………ん?


 斜め前の席に、見覚えのある後頭部が……。

 男性だらけの会場でただでさえ女性は目立つ。

 それもブロンドに加えて、後ろからでもわかる巨乳ともなればなおさらだ。


 由依だよなあ。

 なんでこんなところにいるんだ?


 声をかけようとも思ったが、イタズラ心が勝った。

 由依がなんのためにここに来たのか観察し、あとで話のネタにしてやろう。



 そうして公開録音が始まった。


 ステージの中央におかれたテーブルの向こう側に、冷泉さんが座る。

 公開録音の時だけ司会がついたりすることもあるが、この番組は冷泉さんだけがいつものように進行する。


 滑らかなオープニングトークから始まり、タイトルコールとスポンサー紹介。

 本来はCMが入るはずのところで、冷泉さんは客席に目を向けた。


「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます。この番組では初めての公録で緊張しますが、よろしくお願いしますね」

「「「FUUUUU!!」」」


 なんてことのない呼びかけに、客席は大いに沸く。

 プライベートで会った時よりもかなりテンション高めなのは、仕事だからだろう。


「せっかくの公録だから皆さんにお願いがあります」

「「「なーにー?」」」


 よくできた観客達だ。

 観客のそろいっぷりに驚いた由依が、あたりをきょろきょろしている。

 気持ちはわかる。

 オレも初めてこういったイベントに参加したときはそうだった。


「CMあけの合い言葉コール、皆さんにお願いできますか?」

「「「いーよー」」」

「ありがとう。それじゃあCMあけますよ」


 会場が一瞬静まる。


「あらためましてこんばんは。冷泉アイです。今日も『フライングゾンビーぱらだいす』元気にいってみましょう。さあ皆さん、合い言葉はー!?」

「「「WRYYYYYYYYY!」」」


 オレも叫びたかったが、由依にはまだバレたくなかったので、口を塞いでおいた。

 びくっとはねる由依の頭がちょっとかわいい。


 この合い言葉の唱和、いつもなら冷泉さん一人でのコールだ。

 観客全員でのコール&レスポンスは、こうしたイベントならではで、ちょっとわくわくする。


 まず始まったのは、普通のおたより、いわゆるフツオタのコーナーだ。

 いつもはラジオに届くハガキを読むのだが、公録だけは特殊で、応募用の往復ハガキにみんなネタを書いている。

 つまり、採用されるおたよりは、この会場にいるはずの観客が書いたものということだ。


「では次のおたよりは……『あなたの一番でありたい』さんからです。『あなたの一番でありたい』さんいますかー? あれ? いないのかな? 恥ずかしがらずに手を上げてみてくださーい」


 これが公録の特典とも言える観客いじりである。

 おたよりが採用されると、直接話しかけてもらえるのだ。

 恥ずかしいラジオネームをつけてしまうと、こういう時に困る。


 そして、遠慮がちに手を上げたのは、由依だった。

 そっかぁ。由依だったかぁ……。

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