第283話 14章:ヴァリアントが見ている(15)
赤崎の手がその半ばまで胸にめりこんだところで、彼は青井を見た。
光彩の消えた瞳で愛しげに微笑むと、手首まで一気に手を胸に突っ込み、心臓を取り出した。
目をぐっと閉じた赤崎は、その心臓にかぶりついた。
真っ赤な血が口からたれ、四肢から力が抜けていく。
それと同時に、体内にあるヴァリアントの魔力も小さくなっていく。
やがて命とともに魔力も完全に消えた――。
今だ!
練っていた回復魔法を赤崎に全力でかける。
オレの回復魔法では、死者蘇生や他人の失われた臓器再生はできない。
まずはこれ以上血液が失われないよう、出血を止める。
完全に失われた心臓や、一部が破れた肺の再生は無理でも、傷を塞ぐことはできる。
同時に造血も行う。
胸の穴がふさがったのを確認すると、回復魔法と同時に用意していた凍結魔法をかける。
赤崎の体がクリスタルのような氷に包まれた。
周囲の気温が急激に下がっていく。
100年溶けることのない絶対零度の氷だ。
「由依、赤崎を氷ごと白鳥家の地下にでも保管してもらえるか?」
「かまわないけど……彼、生きてるの?」
「いや、良くて仮死状態だ。少なくとも1度は確実に死んでいる」
「じゃあなぜ……」
由依は自分の肩にもたれ、気絶している青井を悲しげな瞳で見た。
「一度ヴァリアントに喰われたことで、赤崎のことは皆の記憶から消える。これで、青井はトラウマを背負わずに済むはずだ」
「うん……」
「そしてオレは赤崎が死んだ瞬間を冷凍保存した。できるだけの傷も治してな。今のオレでは復活させてやれないが……」
コールドスリープというやつだ。
「もしかしたら、生き返らせる可能性があるってこと?」
「そうだ。治癒に特化した才能を持つヤツに回復魔法を教えるか、オレが使えるようになるか……」
後者はかなり難しいだろうが。
もともと回復系の魔法は苦手だった。
それでも神と戦うために自己回復だけは身につけたのだが、他人にかけるものとは原理からして異なる。
そういった能力を持つ者がぽっと現れてくれるなんて奇跡が起こってくれるといいのだが。
「そっか……」
そんなオレの考えを読み取ったのだろう。
由依は希望を持ちながらも憂いを含む、複雑な表情で青井と、氷の中で眠る赤崎を見比べたのだった。
◇ ◆ ◇
青井はあの日の夜に熱を出し、一週間ほど学校を休んだ。
学校に入った連絡によると、原因不明の高熱で一家全員、意識も朦朧としていたらしい。
自らの因果律を喰った赤崎の存在が世界に調整される期間だったためだろう。
赤崎の記憶を特に多く持っている青井家が、彼のことを忘れるための時間だ。
青井が登校してきた時には、赤崎の席は既に別の男子で埋まっていた。
オレと由依の世話係も、彼が務めてくれている。
そしてこの一週間の間に、赤崎の話題はクラスメイトの口から上がらなくなっていった。
それは、病み上がりでみなの心配の声に出迎えられた青井も同様だった。
授業もまた、滞りなく進んで行く。
真剣に授業を聞いていた青井がふと前の席に座っている男子の背中をペンでつついた。
赤崎を呼ぶのによくやっていたことだ。
「何か?」
「あれ? ごめんなさい。私、なんでこんなことしちゃったんでしょう……」
振り返った男子の顔を見た青井は、口を何度かぱくぱくさせた後、ぽろりと涙を流した。
「え? ちょっと、青井さん?」
男子は戸惑うばかりだ。
「なんでも……ないんです……あれ……なんで? おかしいな……」
しかし、青井の涙は止まらない。
「まだ体調が悪いのですか? 保健室へ行きますか?」
教員も対処に困っているようだ。
そんな青井を見た由依が、オレの袖をぎゅっと掴んできた。
青井から目を背け、唇を噛みしめている。
オレにできるのは、そんな由依の指先にそっと触れてやることくらいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます