第270話 14章:ヴァリアントが見ている(2)

 私立白樹学園は、その名の通り白を基調とした美しい校舎だった。

 オレと由依は今、世話をしてくれることになった黄島先生の後ろについて、校舎内を歩いている。


 廊下を歩く生徒の征服も白で、特に女子用制服の美しさは、全国的に有名だ。

 生徒自身の所作も上品で、挨拶は男女ともに『ごきげんよう』である。

 本当に日本かここは?


 黄島の話によると、政治家の子息なども多く通うらしい。

 ヴァリアントへの対策が行われているのはそのためか。

 日本の『組織』で見たように、一部の政治家はヴァリアントについての知識がある。

 それらから子供を護ってくれる学校があれば通わせようとするだろう。

 ある意味、学校側――というか、白鳥家からすれば人質を取っているとも言える。

 よくできたシステムだ。


 オレはふととなりをあるく由依を見た。

 今日からいきなり別の高校へ通えと言われたら、普通は慌てるところだろう。

 オレはブラックリーマン時代に、「どこどこへ今すぐ行ってこい。用件と担当者名を教えている暇はない。とにかく行け」なんて命令を受けることはザラだったので、それに比べれば平気だ。

 由依はそんな経験などないはずなのに、どっしり構えているのはさすがだ。


 実はいつも並んで歩く時よりも、少しだけ距離が近い。

 本人も意識していない不安の表れなのだろうが、言わぬが花だろう。


 朝のホームルーム直前の廊下はとても静かだ。

 チャイムが鳴った後とはいえ、うちの高校なら教室からざわめきが聞こえてくる時間帯である。


「急に交換留学生の受け入れなんて大変ですね」


 オレは黄島先生の背中に語りかけた。

 中肉中背、身長はオレより少し低い程度の三十代男性。

 特徴らしい特徴といえば、穏やかそうに見えてどこか表情に陰があることくらいだろうか。


「いえ、二人の『事情』は聞いているので」


 黄島は振り返ることなく、少し緊張した声音で答えた。


 ここでわざわざ『事情』を強調してくるくらいだから、ヴァリアント関係とみて良いだろう。


「先生も関係者なんですか?」


 魔法で声に指向性は持たせているが、いつ誰に聞かれるかわからないので、使う単語は選んでおく。


「そうですね。もとは日本系だったのですが、北欧系に吸収されつつあります」


 あー……。日本系の組織は、本部をオレが襲っちゃったからなあ。


「それと、二人に対して無礼な口調で話すことを許してください。本来はもっと敬うべきなのですが、お互いここでの立場があるので、その方が良いかと」

「かまいませんよ。というか、十分に丁寧だと思いますが……。そもそも、なぜオレに敬語を使う必要が?」


 白鳥家の令嬢である由依はわかるが。


「ご存じないのですか? 組織で二人はほとんど救世主扱いですよ。難波君は白鳥さんの心を射止めた男としても有名です」


 なんか、知らないうちに外堀が埋められてるんだが!?

 鉄岩の仕業だなこれ。


「お父様……たまにはやるじゃない……」


 いや、顔を赤らめて喜んでる場合か?


「注意してほしいのは、事情を知るのは学内でも俺と校長だけだということです。二人にはできるだけ便宜を図るつもりですが、他の教員は何も知らないので、交換留学生であること以外の特別扱いはさほどできません」

「それで十分です。ご協力感謝します」

「どんな生意気なガキ……いや、活発な子が来るかと思っていたが、大人みたいなことを言うんですね」

「先生はちょっと正直すぎるのでは?」


 会って一時間もしないうちに本音が漏れてるぞ。


「生意気なガキってところは合ってたみたいですね」

「子供の特権ですよ。少しくらいのヤンチャは大人の度量で包み込んでいただければ。将来、頂いたもの以上のお返しはできるつもりなので」

「なるほど。こいつは手強いですね」


 立ち止まった黄島は、口を笑みの形にしながら、こちらを向いた。


「さあ、ここが君たちに2週間過ごしてもらう教室です」


 黄島はオレ達に少し待つよう言うと、先に教室へと入っていった。

 教室の中では、交換留学に関する説明が行われているようだ。

 急な出来事にも関わらず、室内は少しざわつく程度だ。


「さすがにちょっと緊張してきたかも」


 由依がそっと肩が触れ合う距離に寄ってくる。


「大丈夫。どうせ2週間のつきあいだ」

「身もフタもないなあ」


 呆れ顔の由依だが、緊張はほぐれたらしい。

 由依はオレの意図を察したようで、小さく「ありがと」とつぶやいた。


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