第268話 【外伝短編】早乙女さんはメイド様(後編)
ボウリング場に入ったオレ達は受付をすませ、ボックスへと向かった。
本来ならまずシューズを借りるはずなのだが、由依が必要ないと言うのだ。
やがて店員さんがオレ達のボックスに三人分のシューズとボールを持ってきた。
「マイボールにマイシューズ!?」
「せっかくだから道具から用意しなくちゃ」
由依がそれらをうきうき顔で手渡してくる。
こういう所はお嬢様なんだよな。
というか、どれだけ楽しみにしてたのか。
指の大きさは二人に合わせてあるから安心してね。
由依の言う通り、オレの指はボールの穴にぴったりだった。
ボウリング場にあるボールといえば、きつくて入らないか、すっぽぬけるかのどちらかというイメージだったが。
「指のサイズなんていつ測ったんだ」
「それは……その……この前手をつないだ時に……」
そんな真っ赤にならないで!? こっちまで恥ずかしくなるから。
「重い方が威力があるらしいから、三人とも一番重いのにしておいたよ」
あっさり言うが、オレと由依はいいとして、一般人の早乙女さんにはきついんじゃ……。
と思ったが、早乙女さんはボールの具合を確かめるように、片手で軽く持ち上げていた。
7kgちょっとあるんだけどなそれ。
これくらいじゃないと、白鳥家のメイドは務まらないということか。
そうして始まったボウリングだが、大変目の保……じゃない、毒だった。
となりのボックスでやたらと上手い人が一人で練習していたため、オレが教えるまでもなく、3人とも見よう見まねであっという間に上達した。
しかし、きれいなフォームでなげるということは、ミニスカートがちょっとめくれてしまうということでもある。
他の客に見せるわけにはいかない。
オレは他の客がこちらに視線を向けないよう、結界を展開した。
「カズもあんまり見ちゃだめなんだからね。特に早乙女のはだめなんだよ」
早乙女さんの投球順が来るたび、由依がオレの顔を両手で持って、顔を自分の方へと向けた。
その整った顔がオレの前に来るたび、ドキリとする。
1ゲーム目が終わる頃には、3人ともすっかりコツを掴んでいた。
「せっかくだし勝負しましょ。勝者はそうね……敗者二人に好きな命令をできるっていうのでどう? もちろん、常識の範囲内でね」
由依の提案で、2ゲーム目は3人で勝負をすることになった。
1位だけを『勝ち』と扱うあたりが、由依らしいといえばらしい。
開幕から3人ともストライクを連発。
そのまま10フレーム目へと突入した。
全員あと3投ストライクを取ればパーフェクトである。
結界を張っているので注目はされていないが、本来ならギャラリーができるほどのできごとだ。
ただ、オレが魔法で解析しながら遊んだこの2ゲームによると、このあたりから差が出るはず。
「あっ……」
まず異変があったのは由依だ。
大きなミスはない。だが、ボールを投げた瞬間、本人はわかったようだ。
指への『かかり』が甘い。
回転数がこれまでより僅かに低い。
ベストな位置からやや右に到達したボールは、7番ピンを倒すことなく、向こう側へ吸い込まれていった。
ボウリングはわずかなメンタルのブレが投球に現れる。
おそらくパーフェクトへの欲が出たのだろう。
「あーもう!」
本気で悔しがる由依の次に投球したのは早乙女さんだ。
表情と同じように、全くブレない投球フォーム。
完璧だ。
だが、それではだめなのだ。
早乙女さんの投げたボールは、理想的なカーブを描くはずだった。
しかし、回転がわずかに足りないかのような軌跡を描いたボールは、由依と同じように1ピン残すこととなったのだ。
ボックスに戻ってきた早乙女さんは、小さく首を傾げた。
その秘密は、レーンに塗られた油である。
オレは魔法で周囲の状況をモニターしていた。
すると、どうやらボウリングのレーンには油が塗られていることに気付いたのだ。
しかもこの油、当然ながら上を通ったボールによって少しずつ奥へと延びていく。
ボールの軌道は僅かに変わり続けていたのだが、早乙女さんは無意識のうちにアジャストし続けていたようだが、ついに上手く行かなくなったというわけだ。
そして、オレはそのままパーフェクトを達成した。
「さて、命令だが……」
二人はじっとオレの目を見ているが……。
特にないんだよなあ、命令したいことなんて。
「んー。それじゃあさ、三人そろってまた遊びに行くってのはどうだ? 早乙女さんも、普通に休みをとってさ」
「おっけ。さすがカズね」
「承知しました」
由依は笑顔で、早乙女さんはいつもの無表情で答えた。
早乙女さんは、喜んでくれたのかわからんなあ。
「でもねカズ。次に似たような勝負した時、その命令は禁止だから」
え? だめだった?
「勝負の罰ゲームじゃやないと遊べない関係なんてイヤだもの」
そう言って笑った由依の笑顔は、とても眩しいものだった。
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