第265話 13章:コンプリートブルー(32)
◇ ◆ ◇
陽山さんの件から1週間が過ぎた。
事務所から病気療養のため無期限活動休止と発表された陽山さんについては、オタク界隈で様々な噂がとびかったらしい。
ホームページを作っている濃いファンなどは、そこで心配や激励の声を上げていた。
しかし、それらの声も今ではすっかりなりを潜めている。
出演していたアニメも代役が立てられ、冷泉さんは別の声優さんと組んでのユニットが発表された。
なお、ナレーター風間みやびについても、事務所からひっそりと引退の発表が出ていた。
そんなある日の夜。
由依や双葉とソファに並んで、車で過去に戻る映画の放送を見ていると、電話が鳴った。
相手は冷泉さんだ。
「こんばんは。どうしました?」
『…………どうしたのかしら。なぜか、あなたに電話をしなければと思ったの』
「大丈夫ですか……?」
声は元気だ。
既にあの夜の記憶はほぼ消えかけているだろうが、精神的に不安定な部分が残ってしまっていてもおかしくはない。
『お礼……はもうしたものね。おかしいわ……。すんだはずなのに、あなたに何かしなければいけない気がするの。とても申し訳ない質問なのだけれど、何か約束をしなかった?』
どこまで義理堅いんだこの人は。
「ありませんよ。あっ、でも一緒に遊ぶ約束でしたら――」
と、そこまで言って由依達が睨んできた。
「由依達も一緒にお受けしますよ」
元気を出してもらうための軽口だ。
受けてもらえるなんて思っていない。
『ふふ……そういうのも素敵ね。私、プライベートで遊ぶ人なんていないから。でもごめんなさい。ありがたいことに、とてもお仕事が忙しいの』
「体よくお断りって感じですね」
『女子高生みたいなしゃべりかたをするんですね』
「『感じ』って単語を封じられるとつらいんですが」
『あら、難波さんが女子高生になることに反対はしませんよ』
「どういうことですか」
『私も何をいっているかわからないわ。でも……ありがとう。なんだか少し楽になりました。ここのところお仕事が順調なわりに、大切な何かがたりない気がしてて……』
冷泉さんの声がほんの微かに震えた。
「泣いているんですか……?」
『ううん……違うの。なぜだかわからないけれど涙が……。疲れてるのかしら』
「きっとそうですよ」
『うん、そうよね……』
自分に言い聞かせるような声だ。
「誰かと話したくなったら、いつでも電話してきていいですよ」
『そこまで話し相手に困っているように見える?』
「うーん、ちょっと。冷泉さん、友達少なそうですし」
『ひどいんじゃない!?』
「少なくともオレは今、二人の美少女に囲まれてますが?」
美少女という単語に、両隣の二人が少し顔を赤らめた。
『うっわ……どうやったらそんなことを言う高校生に育つんです?』
「元気づけようとした冗談なのに、マジレスされましても」
『マジレスって……?』
「いえ、こっちの話です」
『なんだか元気が出てきました。ありがとね』
「いえいえ、少しでも力になれたなら嬉しいです」
『ねえ難波さん。私ね、本名は四谷亜衣っていうの』
「どうしたんです急に?」
『わからない。でも、覚えていて欲しいと思ったの……。変だよね。やっぱり疲れてるみたい。じゃあまたね』
一方的にそう言うと、冷泉さんは電話を切った。
やはりあの夜のことは忘れているらしい。
だが、心が受けたショックからは復帰できていないというところか。
「「むぅ……」」
電話を終えると、由依と双葉が難しい顔でこちらを見ていた。
「どうした?」
「「…………なんでもない」」
同時に首を傾け、ハモる二人である。
仲良いなあ。
「カズはよくやったと思う」
ふっと表情を和らげた由依が、オレの頭をその胸に抱き寄せた。
「そんなにきつそうな顔してたか?」
「ちょっとね。大丈夫。私は……私達は大丈夫だからね」
「そうだよ、お兄ちゃん」
双葉が手をぎゅっと握ってくる。
また二人に心配をかけてしまった。
どんなに強くなっても、まだまだ修行が足りないな。
でも今日は、ちょっとこの温かさに甘えさせてもらおう。
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