第264話 13章:コンプリートブルー(31)
「お願いアイちゃん! また一緒にお芝居をしましょう!」
弁財天が陽山さんの顔で、声で、冷泉さんに懇願する。
冷泉さんは顔を歪め、陽山さんではないそれを静かに見下ろす。
先程までの不安定さは見て取れない。
「ユニットだってもうすぐ発表になるんだよ? だから、ね? ファンが待ってるよ!」
猫なで声を出す弁財天の言葉には、相変わらず催眠の魔力が乗っている。
だがそんな弁財天を見下ろす冷泉さんのはただひたすらに冷めていく。
「私達の仕事の殆どは、いずれ忘れ去られるものだわ。それでも、できるだけ多くの人を楽しませたいし、そうする責任があると思ってる」
「でしょ? だからこれからも一緒にがんばろう?」
「陽山さんは、私と目指す方向性は違ったけれど、間違いなくプロだった。彼女を失うことは、業界にとって大きな損失だとすら思う」
「よかった……。アイちゃんがあたしのことをそんな風に考えてくれていたなんて嬉しい」
弁財天は優しげな微笑みと共に、目に涙まで浮かべてみせる。
「だからもう黙って」
「え……?」
「言ったでしょう。あなた、下手クソなのよ。ただ技術が足りないのなら訓練をすればいい。でもね、客をバカにするのだけは許せない。あなたが陽山詩織を語ることは許さない! それに、陽山さんと磨きあった技術は、私の中で生き続けるもの」
冷泉さんは催眠をはね除け、強く、きっぱりと言い切った。
「そんなアイちゃん……。アイちゃん……? ち、ちくしょおおおおおお!」
弁財天はじたばたともがくが、背中を踏みつけた由依がそれを許さない。
「由依、やってくれ」
オレの指示に頷いた由依は、そのまま背中を踏み抜いた。
「ぎゃあああ!」
陽山さんの声で醜く叫ぶ弁財天から、冷泉さんは目を逸らせた。
由依は弁財天の首を足で斬り飛ばし、壁際に転がったその頭部を追いかけ、踏みつぶした。
残された弁財天の体は、紫の煙となって消えていく。
「せっかく時間をかけたというに、やってくれるのう」
ヒミコが苦々しげに呟いた。
双葉の神域絶界はあるものの、町中でこいつとやり合うのは避けたい。
どう動いてくるか……。
にらみ合いは一瞬だった。
ヒミコは魔力を抑えると同時に、力を抜いた直立姿勢をとった。
「其方と争うつもりはないと言った」
「オレの知り合いにちょっかいを出してくるなら、そうもいかないんだが?」
場所を考えると、ここはいったん引いてほしいところだ。
だが、ここで弱みを見せては不利を背負うことになる。
「そう言うな。今回のことは事故だ」
「これが事故ですって!?」
激昂する由依をオレは目で制する。
「事故が続かないことを祈るよ」
オレの一言が、戦闘終了の合図となった。
ヒミコはふわりとその姿を消し、あとには一つの死体と、静かに涙を流す冷泉さんが残された。
ヒミコが何かを企んでいることはわかった。
いずれ戦いはさけられないだろう。
それまでに、向こうの狙いを探っておきたいところだ。
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