第263話 13章:コンプリートブルー(30)

 由依は天井を破った勢いで弁財天の肩を踏みつけた。

 肩を砕かれた弁財天は床に転がり、由依の追撃を避ける。

 しかし、由依はそれを逃さず、弁財天の背中を踏みつけて動きを封じた。


「どけえ!」


 催眠効果の乗った言葉を発する弁財天だが――


「うるさい!!」


 それは由依の怒号にかき消された。

 由依が敵の魔法をかき消す方法を身につけているわけではない。

 今のは、感情の高ぶった由依の魔力が、神器を通じて発せられた結果だ。


「こっちは全部見てたのよ! 絶対に許さないから!」


 由依が弁財天の背中を踏みつけると、彼女の体が雷撃にでも撃たれたように痙攣した。


「ぐあぁっ! な、なんだこれは! なぜこうも強い人間が次々に出てくる! やっと……やっと顕現できたというのに!」


 じたばたともがく弁財天だが、由依の神器で増幅され、足を通じて流される魔力で身動きできずにいる。


「そ、そうだ。全部見ていたと言ったな? ならば、冷泉アイが陽山詩織をどれほど大切に想っていたかわかるだろう? 私を殺せば陽山詩織の記憶は人類から消えるぞ! それでもいいのか!」


 それを聞いた由依の顔に一瞬の迷いが生じた。


「由依、そのまま押さえててくれ。双葉、神域絶界を解くんだ」


 オレがそう言うと、一瞬の間の後、神域絶界が解かれた。

 同時に由依に破られた天井や、衝撃波により壊れた壁も修復される。

 それと同時に、ヒミコも攻撃を止めた。


「あなたたち、消えたり現れたり、一体何なの……?」


 ベッドにへたりこみこちらの視線を向ける冷泉さんは、真っ青な顔でがくがくと震えている。

 神域絶界でオレ達が視界から消えたことにより、催眠効果も消え、現実を直視したのだろう。


「助けて! アイちゃん!」


 冷泉さんに向かって伸ばした弁財天の腕を、由依が足で斬り飛ばした。


「ぎゃあああ! わ、私の腕があ! ぐぐうううかあああ!」

「ちょっとおとなしくしていてくれよ。なあ冷泉さん、あなたに選んでもらおうと思うんだ」


 悲鳴を上げる弁財天を一瞥し、オレは冷泉さんは呼びかける。

 彼女は肩をびくつかせてこちらを向く。

 そりゃ怖いよな。


「今日ここで起きたこと、ヴァリアントに関して語られたことは真実です。陽山さんの記憶は、ほどなくみんなの中から消えていくでしょう」

「そんな……」


 正気ではあるが、今にも叫びだしそうな悲痛な表情で、冷泉さんは呻く。


「ですが、この弁財天が陽山さんのマネをし続ければ、忘れられにくくなるでしょう。少なくとも、入れ替わった後の記憶は消えない。どうします?」

「どう……って?」

「冷泉さんが決めてください。このヴァリアントを殺すか、一緒に声優を続けるか」

「そんな……そんなこと……」


 酷な選択を迫っているのはわかっているし、オレとしては殺しておくべきだと思う。

 こいつは人を騙して喰い続けるからだ。

 いずれは冷泉さんをも喰うかもしれない。

 だからオレは、冷泉さんが「殺さないで」と言っても、あとで弁財天を殺すだろう。

 そして、いずれは冷泉さんの記憶から消えていく。


 それでもこれは冷泉さんに決める権利があると思う。

 少なくともオレよりは。

 たとえ陽山さんに関する記憶が消えるとしてもだ。

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