第261話 13章:コンプリートブルー(28)
弁財天は冷泉さんにヴァリアントについての説明を終えると、にやりと醜悪な笑みを浮かべた。
おかしなことをされる前に倒してしまいたいところだが、この間もヒミコとのけん制合戦は続いている。
一番マズいのは、神域絶界に閉じ込められることだ。
そのそぶりを見せたら、状況に合わせて瞬時に対応しなければならない。
それをわかっているヒミコは、神域絶界を展開する予兆を見せることも含めたけん制をしかけてくる。
互いに魔力や筋肉の僅かな動きを使った読みあいが続く。
「このコ、あなたのこと、大好きだったみたいだよ」
弁財天が自分の胸に手を置いて言った。
「少なくとも、嫌われてはいないと思っていたわ」
「わかってないねえ。そういう好きじゃないさ。命をかけても良いというほど、愛していたと言っているんだよ」
「そんな……そんなことあるはずないわ」
「そこに転がってる男に抱かれていた理由が、あなたに手をださせないためだとしても?」
「それは仕事のためでしょう……」
冷泉さんは悲しそうに視線を落とした。
「いいえ、あなたが他の男に抱かれるくらいなら……正確には、自分のものにならないなら、永遠に綺麗なままでいてほしいと思ったからだよ」
「えっ……?」
そう言った弁財天――いや、陽山さんの目から、涙が一粒こぼれた。
口元も目も醜悪に歪んだままだ。
その涙が陽山さんに残っていた最後の一欠片だったのかもしれない。
きっと知られたくなかったのだろう。
その感情を異常なものだとは思わない。
彼女は悩み抜いたのだろう。
冷泉さんに近づく男を寝取ってしまえば、彼女がきれいなままでいられると考えるほどに、いつの間にか歪んでしまった。
とても苦しかったに違いない。
弁財天はそれを冷泉さんに聞かせて悦んでいる。
「性格の悪いことだ」
ぽつりと呟くヒミコだったが、何の感慨もわいていないようだ。
「そんな……陽山さんが……?」
冷泉さんは顔を真っ青にして、陽山さんと見た目は同じ弁財天を見つめている。
「いいねえ。人間の感情が動く様は何度見てもいいよ。お前が黙っていれば、私は陽山詩織として活動できる。そうすれば、お前も寂しくない、どうだ? お前も陽山詩織に依存していることは知っているぞ」
「依存なんて……」
「陽山がいたから声優を続けられた。違うかい?」
「……そうよ。彼女というライバルがいなければ、私はきっと折れていた」
猫なで声を出す弁財天に対し、冷泉さんの目がうつろになっていく。
「だろう? ならば、私のことは黙っているがよい。優しくしてやるぞ? たまに私のもとに男(食料)を連れてくるだけでいい」
それが目的か。
「でも違う……。あなたは陽山さんじゃない……」
「ニセモノだっていいじゃないか。本物に等しいニセモノと、本物にどれほどの差があるというんだ?」
魔力の乗った催眠にかかった状態だ。
相手の言うことを信じ込みやすくなっている。
普通の人なら、正気を失ってもおかしくないほどの魔力である。
冷泉さんがどれほどの想いで声優という仕事を続けているか。
全ては彼女の覚悟の強さにかかっている。
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