第238話 13章:コンプリートブルー(5)

「それでは、私達に質問はありますか?」

「彼氏いるの? とかはなしだからね! あたしはみんなのことが大好きなんだから!」


 そこで好感度を落とさずにしっかり釘をさすあたり、さすが陽山さんだ。

 客席を扱い慣れている。

 まだ二十代前半だったはずだが、人気声優だけあって、踏んできた場数が違うのだろう。


 会場後方からまばらに手が上がる。

 こういうときに消極的なのが、実にオタクらしい。


 司会の生徒会長が回答者を指名し、アシスタントがマイクを持っていく。

 いくつかの当たり障りのない質問が続く。


 そろそろお開きかなという雰囲気が流れ始めたところで、オレも手を上げてみた。

 一回目の人生なら恥ずかしくてそんなことはできなかっただろうが、こういった場での度胸はいつの間にか身についたな。


 幸運にも質問の機会をもらったオレは、マイクを受けとり、立ち上がる。


「風間さんに質問です。なぜナレーションの声優になろうと思ったのですか?」

「あらあら、それはアニメに出ればいいのにってことかしら?」


 終始温和だった風間さんの声色に、極僅かにトゲが混ざる。

 もしかすると、この質問で嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。


「いいえ、アニメよりもナレーションの方が収入は良いと聞きますし、アニメだって出たいと思って出られるものではないと思います。ただ、風間さんほどお綺麗な声であれば、アニメにも需要があるはずなのに、なぜナレーション専門なのかなと疑問に思いまして」

「へえ……よく、知ってるのね」


 声優ブームとは言われていても、こういった情報を持っているファンはごく一部だった。

 未来ならこの程度の情報には、簡単にアクセスできるのだけど。


「聞きかじりの知識ですが……」

「そうね……それは私が役者ではないからかしら」

「演技はできないってことですか?」

「そうねえ、レッスンは受けたからそれなりにはできるんだけどね」

「ナレーションでもキャラクターのように話されることがあると思うので、風間さんほどのキャリアならできないこともないと思うのですが、興味がなかったのでしょうか?」

「キミ、若いのになかなか面白い質問をするのね」

「気を悪くしたらすみません」

「いいの、なかなか話す機会もないしね。そうだなあ……アニメや吹き替えなんかに出たくないと言ったら嘘になるかな。お仕事の幅は広い方がいいしね」

「事務所の割り振りからもれちゃうってことですかね」

「キミ、本当に詳しいのね。そうだね、デビューしたての頃、縁のあったお仕事がナレーションが多くてね。事務所も私にオーディションをふるお仕事はナレーションに偏ったの。幸いクライアントさんからの評判もよかったからそのままって感じね」

「アニメに出たいとは思わなかったんですか?」

「ぐいぐいくるねえ」

「すいません、答えたくなければ……」


 純粋に興味がわいての質問だったが、突っ込みすぎたか。


「さっきも言ったようにお仕事の幅を広げる意味でってことじゃない質問だよね。そりゃね、同じ事務所の子達がファンにちやほやされるのを見て、うらやましいと思ったことがないと言ったら嘘になる。ううん、そんなことしょっちゅうだった。でも、アニメに出る声優がタレントみたいになっていく中、私にはそんなことできないなとも思ったの。事務所はそんな私の性格を理解してくれていたんだと思う」


 風間さんは小さく息を吐くと続けた。


「何より私は、縁の下の力持ちなナレーションに誇りをもってるの。私はそんなに器用じゃないから、これだけは負けないってものは1つしかできないんだ。答えになったかな?」


 にっこり笑う風間さんの笑顔は、大人の色気を持つ彼女のうちに秘めた子供っぽさをにじませる、不思議な魅力のあるものだった。


「ありがとうございます。お仕事に対するその姿勢、とても素敵なことだと思います」

「あらあら、キミ本当に高校生? 大人みたいなこと言うのね」

「心が老けてるってよく言われますよ」

「ふふ……友達も面白いのかしら」


 実はそんなことを言われたことはないが、笑ってもらえたのなら何よりだ。


「それでは今の質問で最後としたいと思います。ゲストのお二人に盛大な拍手をお送りください」


 司会の声を合図に、会場が大きな拍手に包まれた。

 イベントは成功と言ってよいだろう。


「それでは最後に、お二人による生アフレコを披露してもらって本講演のシメにしたいと思います」

「「「おおおお~」」」


 サプライズ情報に会場がざわめく。


「ですが、お二人ではキャストがたりません。希望する人に共演してもらおうと思うのですが、立候補者はいますか?」


 これには一部のオタク達が勢いよく手を上げた。

 一生の記念になるからな、気持ちはわかる。

 オレは質問コーナーで悪目立ちしてしまったのもあるし、おとなしくしていよう。

 そう思った矢先、風間さんが意味深な笑顔でオレを見て、マイクを口元に持っていった。

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