第239話 13章:コンプリートブルー(6)

「司会者さん、ゲストの一人は最後の質問をした彼にお願いできる?」


 風間さんがとんでもないことを言い出した。


「しかし彼は質問コーナーでお話しできましたし、他の人にチャンスをあげたいかと」

「それもそうねえ……じゃあ、アフレココーナー2回やっちゃう。それでどう?」


 そう言いながら風間さんが陽山さんに目配せする。

 陽山さんはそれに、かまいませんよと頷いた。


「そういうことであれば……」


 いやいや、その特別扱いはだいぶ恥ずかしいんだが!?


 係の生徒がオレの他、指名された生徒や一般客数名をステージ上へと案内する。

 スクリーンに映る映像に合わせて、生アフレコをする形だ。


 1回目の生アフレコは、外部から来ている一般客で構成された。

 題材は昨年放送された人気アニメだ。

 宇宙戦艦で木星からの侵略者と戦う話で、ギャグとシリアスの絶妙なバランスで大ヒットした作品だ。

 後に制作される劇場版は雰囲気ががらっと変わって賛否両論だったが。

 いや、オレは好きだけどね?

 できればハッピーエンドが見たかったよね……。


 その中でも人気のある話から、10分ほどを切り取っての生アフレコだ。

 陽山さんは準ヒロインとして出演しているので役はそのまま、それ以外は風間さんと壇上に上がった希望者が担当する。


 当たり前だが、陽山さんは流石の上手さだった。

 アイドル声優と言われているが、芝居も一流なのが彼女の凄いところだ。


 風間さんもさすがに上手い。

 というか、しかたのないことなのだが、素人組の演技は見ているこちらが恥ずかしくなるレベルである。

 絵に合わせて声を出すだけでも難しいことで、そこに演技を乗せるとなると、もうてんやわんやである。

 プロの2人以外は、あわあわと満足に台詞を言うこともできない。

 棒読みでも台詞を言えただけ上出来と言える。

 まあ、思い出作りの体験会なのだから、これでいいのだろう。


 そうしてやってきたオレの番。

 必死に手を上げていた佐藤も選ばれており、ご満悦だ。

 よかったな。なんだか微笑ましいぞ。


 さて、どうしたもんかな。

 恥ずかしがっててきとうに流すのは簡単だ。

 だがせっかくの機会でもある。

 どうせ初めての人生じゃないんだ。

 思い切りやってみようじゃないか。


 オレの役は風間さんからの指名で、主人公になってしまった。

 当然ながらヒロイン達との絡みもセリフも多い。


 何を隠そうこの作品、大好きで5回は見ている。

 当然、主人公がどんな芝居をするかも頭に入っている。

 芝居としては邪道かもしれないが、できるかぎりの物まねをさせてもらおう。

 芸は模倣から始まるというからな。


 さらに言うならば、実はブラックリーマン時代に、声優の開催するワークショップに通ったこともあるのだ。

 そこで発声や芝居の基礎だけは、レッスンを受けたことがある。

 習い事レベルだが、何も知らないよりはマシ程度にはできるハズだ。

 もともとは、プレゼンや営業がなかなか上手くいかず、社長からどこかで習ってこいと言われたからなんだが。

 だが毎週日曜のワークショップに通っていた2年間ほどは、よい気分転換になった。

 なによりその間は、半休をもらえたしな。

 今思い出すと、日曜に半休ってなんやねんというか、教育なんだから費用は会社が出してくれてもよかったんじゃ、と思わなくもない。


 そしていよいよ始まった生アフレコ。

 意外にも佐藤はしっかり絵にあわせてセリフを言っている。

 コイツ……台本を見ていない。

 全部覚えてやがるな。

 最初の数行のセリフで役目を終えた佐藤は、オレにドヤ顔をキメてくる。

 ステージ上でそういうことをするんじゃない。恥ずかしいヤツめ。


 そしていよいよ、風間さんのセリフを受けてのオレの出番だ。


「やめろ! このコに手を出すならオレが相手だ!」


 オレが発声すると同時に、風間さんと陽山さんが僅かに驚いた顔をした。

 会場も少しざわついている。

 プロ二人には全く敵わないが、これまでの素人達よりはマシな演技だったからだろう。


 しかし、そこで終わらないのが役者という人種である。

 風間さんが『イタズラ』を仕掛けてきたのだ。


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