第237話 13章:コンプリートブルー(4)
オレと佐藤が話していたのは、夏休み明けの初日、始業式後に学内で行われるちょっと変わった行事についてだった。
毎年、珍しい職業の人を招待し、講演をしてもらうのだ。
ここまではよく聞く話だが、特徴的なのは一般客も入れることである。
地域との交流もかねているという趣旨らしい。
今回のゲストはなんと『声優』さんだ。
それも、二人!
一人は今をときめくアイドル声優の陽山詩織さん。
彼女の影響で、一般客受付には徹夜組まで出たらしい。
例年はどんなに人気があっても、多少立ち見が出る程度だというのだから、学校側も油断していたのだろう。
対応に大わらわだ。
この頃の声優人気はあくまでオタク向けだ。
オタクが市民権を得ているかなど、議論するのもバカバカしい扱いを受けていた頃である。
もう一人は風間みやびさん。
失礼ながら聞き覚えのない人だ。
もともとは風間さんの単独講演だったはずが、彼女を尊敬する陽山さんが一緒に出たいということで、ダブルゲストが実現したらしい。
人気声優だというのに、それほどお金にはならないはずのイベントに出たがるということは、よほど風間さんを尊敬しているのだろう。
退屈な始業式とホームルームが終わり、いよいよ講演会が始まる。
平日の開催だけあって、学外からの観客は大学生風の男性が多い。
会場となる体育館の前半分に学内の生徒が、後ろ半分には外部からの一般客が座っている。
司会は例年、生徒会長が行う。
といっても、ゲストの簡単な紹介だけで、あとは本人達に任せて引っ込むだけだが。
二人が紹介され、壇上にやってくると、特に体育館の後方から大きな拍手が起こった。
最初に自己紹介を始めたのは、風間さんだ。
白いブラウスにロングスカートという清楚な服装ながら、ゆるくウェーブのかかった栗色の髪と、大きな胸、そして優しい笑顔がなんとも不思議な色気を醸し出している。
歳はアラサーといったところか。
「風間みやびです。詩織ちゃんと違って、私の名前を知っている人は少ないと思いますが、声を聞いたことがあるという人はいるのではないでしょうか」
風間さんがそう挨拶しただけで、聞き覚えのある声に、会場がざわつき出した。
「駅のホームの声じゃない?」「なにかの電話案内で聞いたような……」「デパートのアナウンスでも聞いたかも?」「車のCMか?」「ワイドショーでも聞いたような」
その様子を見た風間さんは微笑むと、挨拶を続けた。
「私の顔は知らなくても、声は知ってくれているようですね。うれしいです。声優という職業を聞いたことがある人も、そうでない人も、あまりなじみはないかもしれませんが、私の主戦場はナレーションです。あっと、これ以上は長くなってしまいますね。先にもう一人のかわいいゲストを紹介しましょう。彼女目当ての人が多いのかな?」
風間さんに目で促された陽山さんが、ちょっと気まずそうにマイクを口元に持っていった。
「ちょっと風間さん、そんなこと言われたら出にくいですよ」
そう言って唇を尖らせる陽山さんだが、目はしっかり笑っている。
さすが役者、器用なものだ。
「声優をやらせてもらってます、陽山詩織です! みなさん、今日はよろしくねー!」
「「「うおおおおお! しっおりーん!」」」
天真爛漫という言葉がぴったりな挨拶に、主に会場の後方から野太い声援が飛ぶ。
オレの少し前の席では、佐藤も大興奮だ。
今日の陽山さんは、スカイブルーのワンピースに黒髪のロングという、清楚路線まっしぐらの格好だ。
97年頃と言えば、ごく一部の人気声優がTVで顔出しをすること自体がニュースになった時代だ。
そんな当時を……というか、今を語る講演会はとても興味深いものだった。
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