第236話 13章:コンプリートブルー(3)

 その日の夕食はとても美味しく、楽しいものだった。

 オレが由依と一緒に料理をしたというエピソードを聞いた双葉は、たいそううらやましがっていたが。




 オレが泊めてもらっている和館には、テレビとビデオも備え付けられていた。

 寝る前に録画しておいたアニメを見ていると、見慣れているはずのシリーズなのに違和感を覚えた。

 特に人気声優の『冷泉(れいぜん)アイ』さんの演じるキャラがしゃべると……。


 あっ!


 今日スーパーで助けた女性。

 何か気になると思ったら、冷泉さんに声が似ているのである。

 ちなみに声優さんを呼ぶ際に『さん』付けをするのは、オタクの嗜みだ。


 スーパーではボソボソしゃべっていたのでわかりにくかったが間違いない。

 転生前から持っていたダメ絶対音感に加え、今は完全記憶も完備だ。

 脳内で何度再生しても完全に一致している。


 冷泉さんと言えば、平日18時台のアニメで毎日と言って良いほど声を聞く人気声優だ。

 ライバルと呼ばれていたゴリゴリのアイドル声優『陽山詩織(ひやましおり)』さんにファンの数や人気投票ではいつも一歩及ばなかったものの、トップ声優の一人と呼んで否定する人はいないだろう。


 第3次声優ブームの終盤であるこの時代、各事務所がアイドル声優を売り出している中、本人はアイドル扱いされることを堂々と拒否しつつもなお、かなりの人気を誇っていためずらしいタイプだ。

 アイドルであることを否定していてなお、出す歌はランキングに入るなど、嫌々アイドルをやっていた一部の声優からするとうらやましい存在でもあっただろう。

 声優の歌がランキング入りすること自体がかなり珍しかった時代の話である。

 初めて日本武道館で声優が単独ライブをしたのも今年だったな。


 だがこの冷泉さん、人気絶頂期に突如、表舞台から姿を消す。

 大々的な引退発表もなく、人々の記憶から忘れ去られたのだ。


 忘れ去られた……?

 あれほどの人気声優が?

 オレも注目していた声優の一人なのに、前の人生では思い出すことすらなかった。


 人気声優に出会えたと知って舞い上がっていた頭が急速に冷えていく。


 この感覚をオレは知っている。

 大事な記憶が失われていた感覚。


 そうか……冷泉さんもまた、ヴァリアントに喰われていたのかもしれない。


 オレが戦っていることで運命が変わっているといいが……。



◇ ◆ ◇



 色々あった夏休みも終わり、新学期が始まった。

 相変わらずオレは白鳥家に世話になっている。

 そうなれば当然、登校は一緒にということになるわけだ。


 校門が近づくにつれ、生徒達の好奇の視線が増えていく。


 学校一の有名人が男と一緒に登校してきたのだ。

 そりゃあ注目もされる。


 由依の「公共交通機関で一緒に登校してみたい」という希望は叶えてやりたかったし、リムジンでの登校はできれば遠慮したかったからな。




「おい難波、朝から随分注目されてたみたいじゃんか。まさかお前、夏休みの間に大人の階段を……」


 教室につくなり話しかけてきたのは、オタク仲間の佐藤だ。


「そんなことはないぞ」

「ぐ……その余裕が逆に怪しい」

「それより、今日はあのイベントだろ」

「ああ、まさかオレ達が在校中に、あの人が呼ばれるなんてな」


 オレと佐藤がニヤリと笑い合うのを、由依は少し唇を尖らせて見ていた。


 いやほら、オレもナチュラルにこういう反応をしてるわけじゃなくてね?

 若いノリをやってみたかったっていうかね?

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