第235話 13章:コンプリートブルー(2)

 そこは、ちょうどスーパーの出入り口から死角になっている場所だった。


 周囲にいるのは、言い争う男女だけだ。

 女性はTシャツにジーパンとシンプルな格好が、細身の体によく映える。

 目深に被ったキャップとサングラスのせいで歳はわからないが、二十代前半くらいだろうか。


 男性の方はバンダナ、ウェストポーチ、チェックのシャツに指ぬきグローブという、いくら90年代だとしても、実際にそんなヤツいるかという格好だ。

 歳はアラサーくらいだろう。

 その手には、大きな紙袋を持っている。


「うけとってください! いつもラジオ聞いてます!」


 男が紙袋を女性に押しつけるように差し出した。


「だから……人違い……」


 女性はボソボソと言いながら後ずさる。

 その背中は、スーパーの壁についている。


「ボクが見間違えるわけないよ! ほら、受け取ってください! 一生懸命作ったんだ!」


 男が紙袋から取り出したのは、クマのぬいぐるみだった。

 手作りのぬいぐるみをこんなところでプレゼント……?

 女性はラジオパーソナリティーか何かなのだろう。

 男はそのファンということか。


 助けたいところだが、どうしたもんかな。

 彼氏のフリをして登場というのが鉄板ではあるが、女性側に不利益のある噂の種になってしまうかもしれない。

 『おまわりさんこっちです』の術をやるには、周囲の見通しが良すぎる。

 とりあえず身内のフリをするのがいいか。


「姉さん何やってるんだよ。家で父さんが待ってるぞ」


 人間レベルで威圧感を出しながら、オレは二人に近づいた。


「知り合い?」


 目でちらりと男に圧をかける。


「いいえ、人違いみたい」


 女性は変わらずボソボソとした声で答える。

 声は小さい割に、よく通るんだよな。

 それにしても、どこかで聞いたことのある声なような……。


「くっ……応援してるからね!」


 男は斬新な捨て台詞とともに逃げていった。


「ありがとう。あやうく人前でキレてしまうところでした」

「そっちの心配!?」


 初対面の相手に思わずつっこんでしまった。

 そんなオレの反応に、女性は口の端をわずかに持ち上げ、微笑んだ。

 もしかしてめっちゃ美人?


「お礼できるものは持ち合わせておらず……」


 男がいなくなっても、かわらずボソボソとしゃべるんだな。

 女性はすまなそうにしているが、別に下心があったわけじゃない。


「いいですよそんなの。それじゃあ」


 あまり由依を放っておくわけにはいかない。

 オレは女性を置いて、さっさとその場を後にした。


「あ、ちょっと!」


 なおも声をかけてこようとする女性を振り切って、由依の元へと戻った。

 正直気恥ずかしさも大いにあった。


 それにしても、なんであの女性のことを気になったんだろうか……。

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