第206話 【外伝短編】天体観測

【前書き】

11章までお読み頂き、ありがとうございます。

今日の更新はちょっと箸休めの短編です。

夏のいつかのちょっとした出来事です。



【本文】

 住宅街の灯りもすっかり消えた夏の夜。

 オレと由依は、学校の屋上に来ていた。


「なんで急に天体観測がしたいなんて言い出したんだ?」

「高校生のイベントとしては定番かなって。このままじゃやらずに終わっちゃいそうだから思い切って誘ってみたの」


 言うほど定番イベントか?

 そんな疑問は大いにあるが、由依が楽しんでくれるならそれでいい。


 今日もヴァリアントと戦ってきたところなのだ。

 日本の高校2年とは思えない殺伐とした生死をかけた世界に身を置く分、こういった日常に足を置くのはとても大事なことだろう。


 オレと由依はコンクリートにシートを敷き、ならんで寝転がった。


「うわ……コンクリートのはずなのにふかふか」


 オレは魔法で一時的にコンクリートをクッションのように柔らかくした。

 床に沈み込んだ二人の体は自然と寄り添うようになる。


 肩からつま先にかけて、体の左側が由依の右側にぴったりとくっつく。


「あぅ……」


 真っ赤な顔をした由依が離れるべきかそのままでいるべきか迷う動きをするたび、左半身の柔らかいぬくもりがもぞもぞ動く。

 キャミソールにミニスカートというラフな格好の由依の肌が、おなじくTシャツにハーフパンツのオレの素肌にこすれる。


 由依が動くほど、柔らかいあれそれがオレの体に当たる。

 やがて覚悟を決めたのか、由依はそっとオレの腕に手を回してきた。

 この世の者とは思えない柔らかい物体が、オレの左腕を支配する。


「真夜中なのに、星があまり見えないな」


 平静を装えたはずだ。

 むしろそのことが由依は少し不満らしく、オレの腕にぎゅっと胸を押しつけてきた。


「ちょっと待っててくれよ」


 オレは二人の目に魔法をかけた。

 空よりも低い場所から発せられる光を認識できなくなる魔法だ。

 敵から姿を隠す魔法の応用である。

 これで街の灯りが空に届いていないように見える。

 つまり――


「すごい星空……」


 未開の地にでも行かなければ見られないであろう星空に、由依が思わず声を漏らした。


「あれが有名な夏の大三角で、あれがへびつかい座だな。あの星座にまつわる神話は……」


 オレは由依の視線と合うように、指で星をさしていく。


 由依は時折オレの横顔を見ながら、真剣に聞いている。


「星座、詳しいんだね。アニメの影響? それとも、女の子でもひっかけるためかな?」


 ふいに由依が、いたずらっぽくそんなことを言った。


「星座をモチーフにした戦士が戦うマンガとアニメを見たときにちょっとな」


 由依に解説するために急いで覚えてきたなんて言えない。

 嘘ではない範囲でごまかしておく。


 くっ……解説好きなオタクみたいになってしまった。


「ふふっ、ごめんね。私のために覚えてきてくれたんだよね」


 してやったり顔の由依もまたかわいい。

 頬を肩にすりよせてくるとなればなおさらだ。


「じゃあ次は……」


 オレは二人の前にある空間を歪め、レンズを作り出した。

 これで肉眼では見えない星を見ることができる。


「うわぁ……これって望遠鏡?」


 由依が目をキラキラさせて、夜空を眺めている。



 やがてオレのとなりで由依は静かな寝息をたてはじめた。

 緊張から解き放たれた由依は、オレを抱き枕のように抱きしめる。


 キャミソールの紐が片方はずれ、色々と見えそうになる胸元から視線を外し、そっとその頭をなでる。

 気持ちよさそうに、何やらむにゃむにゃ言う由依の寝顔を眺めながら、オレは魔法を解いた。


 つかの間の幻想的な景色が消え、街灯りに照らされた夜空が戻ってくる。


 これがオレが護る空だ。

 いや、オレが護りたいのは全てじゃない。

 由依が生きていく、この空だ。

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